2020年08月29日

FMICS 8月例会(第728回例会) 学生に選ばれる大学になる part3 コロナ禍の大学教育再点検と学生募集

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<6月例会での確認事項>
 コロナ前であろうと、コロナ後であろうと、対面であろうと、オンラインあろうと、大学の学びの本質は変わらない。学生が輝くためには、コロナに責任転嫁することなく、私たちは、学生とどう向き合うか、自分自身をしっかりとプロデュースすべきである。

<7月例会での確認事項>
 コロナは、大学の存在意義を問う。各大学は、教育の質を優先した面接授業か、健康問題を優先した遠隔授業か、多様な意見の折衷案である併用授業か、三者択一の究極の選択を余儀なくされている。多くの大学関係者は、遠隔授業では、教育の質も大学の経営も維持できないという強い危機感を持っている。さらに、学生は、概ね7割が面接授業を要望している。今後、大学人には、ウイルス観と教育観の対立に折り合いをつける智力、世界観、胆力が求められることになる。
(注)文科省は7月27日付の通達で、各大学に感染対策を講じた上で面接授業を原則とし、実施困難な場合は併用授業や遠隔授業を検討するよう要請しています。

 「学生に選ばれる大学になる」をキーワードとして6、7月と月例会を重ねて来ました。総仕上げの8月例会です。コロナで世の中の変化のスピードが猛烈に早くなりました。大学もその埒外にはありません。待ったなしの大学教育の再点検が迫られます。学生に選ばれる大学になるためには、原理原則を見失うことなく、変わることに躊躇したくはありません。

 安田さまが執筆された7月31日付け夕刊フジの「親も知らない今どき入試」の高校の進路担当教諭が語った、「大学にこだわる生徒が減り、学部で大学を選ぶのが主流です。昔のように、どうしても早稲田に入りたいから文系学部を全部受けるという生徒は減っています」という一文に、ハッとさせられます。高校生の大学への入り方が変わり、コロナで、大学生たちは、大学を越えて魅力的な先生の授業を選んで受け始めています。

 20年も前に、当時、桜美林大学の諸星裕教授は、「日本も、授業をコマで売る時代にならないと大学は変わんないよぉぉぉ」と言われていました。日本の大学は、変わることに躊躇してはいられません。変化に対応できない大学は、リングから去らざるを得ないのです。

 30数年間にわたって、大学をはじめとする教育関連情報をデーターと大局観から整理され、書籍・情報誌を通じて発信されていらっしゃる大学通信ゼネラルマネージャー安田賢治さまには、時代を THINK BIG に俯瞰していただきます。

 ●オンライン授業の功罪
 ●入試改革とコロナ禍で来年の学生募集は混沌
 ●受験生への情報提供は十分か
 ●コロナ禍で浮上するには

 安田さまの問題提起に対して、4名の皆さまに、一言をいただきます。ブレイクアウトセッションは、司会者を決めて3〜4名のグループといたします。フラットに語り合うことの醍醐味を体感していただきます。皆さまの情報アンテナがキャッチされたたくさんのヒントを自大学のアクションプランにいかに落とし込むかについては、2回のブレイクアウトセッションで確認いたします。総括は、富山大学教育推進センター教授橋本勝さまにお願いいたします。

 盛りだくさんのプログラムです。8月例会が、多くの教育関係者にとって、輝かしい未来を指し示すカンテラになればと願うばかりです。皆さまには、お仲間をお誘いの上、ご参加下さい。

【日時】 2020年8月29日(土)
   研究会 午後4時〜5時30分
Breakoutsession 午後5時30分〜6時30分

【使用媒体】 Zoomミーティング

【テーマ】 学生に選ばれる大学になる part3
   コロナ禍の大学教育再点検と学生募集


【問題提起】
  安田 賢治 (「大学通信」常務取締役・情報調査編集部ゼネラルマネージャー)
 コメンテーター
  小西 英行 (多摩大学 経営情報学部教授)
  中村 勝之 (桃山学院大学 経済学部教授)
  小杉 直美 (北翔大学 教育文化学部教授)
  佐藤 琢磨 (法政大学 学務部学部事務課)
 総括
  橋本 勝 (富山大学 教育推進センター教授)
 司会
  高橋 真義 (桜美林大学 名誉教授)

【参加費】 会員1,000円(年会費を完納している場合は無料) 非会員2,000円 学生(会員・非会員問わず)500円

【申込&問合先】 yoneda(アット)fmics.org 担当:米田敬子
 参加定員 40名
 申込締切 2020年8月26日(水)
*お名前、ご所属、連絡方法、本月例会を何によってお知りになられたかをお知らせください。
*参加エントリーをいただきますと参加費の入金を確認の上、資料を送付いたします。初参加の方には、6月例会、7月例会の関係資料を併せて送付いたします。
*当日、Zoomミーティングへのご招待をいたします。

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2020年08月22日

FMICS サマーセミナー(第729回例会) 生徒と学生の分岐点 「生徒」から「学生」に脱皮できないのは若者のせい?

title1.jpg コロナ禍によって、学生の生徒化がこれまでにもまして顕在化しているのではないでしょうか。

 【生徒と学生の分岐点/「生徒」から「学生」に脱皮できないのは若者のせい】をテーマとして、皆さまとご一緒に、古くて新しい問題である「学生の生徒化」について、多面的・多層的に整理することといたします。

 問題提起を受けて、皆さまにはブレイクアウトセッションでじっくりと語り合っていただきます。皆さまには、学生・生徒さんにお声かけていただければ幸いです。

【日時】 2020年8月22日(土)
   研究会 午後8時〜9時30分
Breakoutsession 午後9時30分〜10時30分

【使用媒体】 Zoomミーティング

【テーマ】 生徒と学生の分岐点
   「生徒」から「学生」に脱皮できないのは若者のせい?


【問題提起】
  橋本 勝 (富山大学 教育推進センター教授)
  中村 勝之 (桃山学院大学 経済学部教授)
  城内 康文 (早稲田大学 文化構想学部1年)

 コメンテーター
  小西 英行 (多摩大学 経営情報学部教授)
  黒沼 靖史 (聖徳大学付属女子中学高等学校 教諭)
  藤牧 朗 (佼成学園女子高等学校 非常勤講師)
  安田 馨 (安田学園 白島キャンパス統括部)
  椿 仁三千 (千葉県立小金高等学校 教諭)

 司会 高橋 真義 (桜美林大学 名誉教授)

【参加費】 会員1,000円(年会費を完納している場合は無料) 非会員2,000円 学生(会員・非会員問わず)500円

【申込&問合先】 yoneda(アット)fmics.org 担当:米田敬子
 参加定員 40名
 申込締切 2020年8月19日(水)
*お名前、ご所属、連絡方法、本月例会を何によってお知りになられたかをお知らせください。
*参加エントリーをいただきますと参加費の入金を確認の上、資料を送付いたします。
*当日、ミーティングへのご招待をいたします。

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2020年08月11日

「生徒」から「学生」に脱皮できないのは若者のせい?

 コロナ禍での教育実践をメインテーマで7月25日の例会が行われたが、期せずして「学生」と「生徒」の区分について盛り上がってしまった。本来の趣旨から外れたテーマであったが、参加者の反応に少々違和感を覚えた。そこで、ざっと漢字の成り立ちを調べてコメントさせてもらったが、すかさず真義先生から『これをテーマに裏巻頭言を書くように!』ときた。相も変らぬ無茶振りだが、今号の裏巻頭言のネタをどうしようかと正直悩んでいた状況にあってはまさに渡りに船。有難く頂戴して、今号の裏巻頭言のネタに代えさせていただくことにする。

 ある言葉の意味やニュアンスを把握する際に国語辞典を調べる(検索する)のが普通だが、本当を言えば、特にニュアンスを把握するのには適切な手続きではない。なぜなら、国語辞典は現在の活用について網羅したものであって、言葉の持つニュアンスが日々変化する中にあっては、根源に潜むニュアンスを逃す可能性があるからだ。そこで、日本語の場合は漢和辞典で漢字の成り立ちを調べることをお薦めする。その方がより細かいニュアンスを把握することができるはずである(ちなみに、英語などについてはギリシア語やラテン語の意味を探ってみると意外な発見があるはず)。

 では早速調べてみよう。まずは「生徒」「学生」に共通する「生」である。これは地面から草木が芽を出す様子を表した象形文字が起源で、これから大きく成長するという意味では【未熟】という意味もある。次に、生徒の「徒」であるが、これは【道を行く時に乗り物を使わず土を踏んで歩く】が本来の意味である。今の状況から考えるに、どこかに行く時に徒歩で行くほど時間を要し且つしんどい事はない。だが、そうした一種徒労とも思しき行動を継続する(道を歩くというからにはその先に目的地があるはず。歩みを続けなければ到達できないのは当然)ことで未熟な者が成長する、そういうニュアンスが「生徒」に含まれていると思われる。最後に、学生の「学」であるが、これは【教える者が学ぶ者を向上させる交わる場である建物】が本来の意味である。

 これで分かるだろう。生徒と学生の決定的な違い、それは後者が学ぶ者にとって「教える者」という他者が明示されているのに対して、前者にはそれがない。無論、生徒が道を歩くのには他者の存在・支援なしには実際には無理である。しかし、自らの足で歩み続けることと他者と交わるのは決定的に違う。その意味で、学生とは他者と交わって数多の経験を積み重ねることで成長する存在、こういうニュアンスがあると思われる。それともう1つ考えられるニュアンスは、教える者と学ぶ者が特定の場所に集う存在、こうとも考えることもできよう。コロナ禍で考えて引き受けなければならないリスクは爆発的に増えているが、それでも、教育現場において他者と顔を合わせる授業形態を指向し続ける理由もここにある。ここで重要なことは、生徒と学生の違いを説明するのに学力の3要素(知識・思考力等・人間性等)は関係ないということである。ここは強調しておきたい。

 ところで、生徒・学生の話で思い出した事がある。私の大学入学直後の話。同期と先輩達との談笑の中で、私は自らを「生徒」と言ってしまった。だが、周囲はすべて「学生」と言っていた。これに私は強烈な恥ずかしさを覚え、それ以降自らを学生と言うようになった。こうした経緯で私は「学生」を自覚するようになったが、例会で上がった声と同様、今の大学生は自らを「生徒」と連呼する状況が私の職場にも蔓延している。そして、一部教職員は率先して(?)学生を生徒と言っている。ただ、自らを生徒と言う学生を『未熟になった』と断言してしまうのは少々違うと思う。元来学生も生徒も未熟な存在なのだから、上の発現は今の学生像を的確に表現していないと感じざるを得ない。

 ではどう表現すればいいのか? 今の学生をどういう目線で眺めるのかによって表し方は異なるのは当然だが、私ならば「環境変化に対して鈍感になった」と言う。この鈍感さには少なくとも2つの側面から考えることができよう。1つ目は、高校から大学に環境が変わったことでできる事とやるべき事の本質が変わるはずである。それに気付かない「鈍感さ」である。2つ目は、まさに「学生」と「生徒」が飛び交う空間にあってその言葉遣いの違いに「なぜ?」と気付こうとしない「鈍感さ」である。

 結局のところ、若者が未熟なステージから成熟のステージへ移行するには、成長過程においてどれだけの「気付き」を掴むかである。ただ、大人は得てして気付き方、すなわち、気付きのノウハウを伝えようとしがちである。当然だが、ノウハウを伝えるならばそれを活かす状況も提供しなければならない。では、今の教育現場で気付きを発見できる状況になっているのだろうか? その意味では、われわれ教育関係者ができる事の基本は若者に気づきを与えるための「刺激」を与え続けることである。そのチャンネルは授業を通じた正課活動や部活・留学などの課外活動はもちろんのこと、キャンパスを構成する構築物等そうで、これらが折り重なって多くの気付きを与えてくれる。こうした観点で、今後の例会で行われるファシリティ・マネジメントの話を聞くと多くの気付きがあるはずである。

(中村 勝之)

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タグ:中村 勝之
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あせらず、あわてず、あきらめず

 大阪府知事「うそみたいな本当の話」とうがい薬のすすめ発言を聞いて、2019年2月8日朝日新聞・天声人語『映画「がんになる前に知っておくこと」』を思い出した。

 この映画を企画した上原拓治さん(45)は、3年前がんで義妹を失った。自分には無縁な病気、そう思うからこそ不安に陥る。「がんが疑われて動揺しない人はいません」。がんについて一からわかる映画を目指し、三宅流監督(44)と共に医師や看護師、患者ら15人を取材。病気と向き合う手立てを丹念に拾った。

 助からない病の代表では?「がんイコール死というのは30年も前の古いイメージ。今はがんと共存できる時代です」。専門医が力を込める。怖くてしかたがない時は?「患者の恐怖を医学は解決できません」。医師が限界を率直に語る。何より頼りになるのは経験者の生の声だという。患者たちはピア(仲間)サポートの部屋で不安をはき出す。治療に納得できない場合は?「医者はどうしても生存率にこだわる。ですが優先されるべきは患者の生きがい」。自身もがんと闘う医師が答える。好例として挙げられたのは舌がんの落語家。「高座に上がりたいから舌は切らない」と外科手術を断った。

 あせらず、あわてず、あきらめず。経営やスポーツの哲学としてしばしば聞く心構えがそのまま当てはまるのではないか。生涯で2人に1人ががんを経験する時代、この病気と付き合う「知恵袋」のような映画であるとまとめていた。

 そして天声人語の左上にある「折々のことば」では、元CM制作者の漫画家・エッセイストの本田亮著『転覆家族が行く!!死ぬとき後悔しないための家族&仕事術』(フレーベル館)から『もう少し「金」曜日を減らし意識して自然と触れ合ったほうがいいんじゃないか』を紹介していた。激務が続く中、週末よく家族とキャンプに出かけある日ふと思う。曜日の名はもっと自然と触れ合えと伝えている。月を見る、火を熾す、水と遊ぶ、木に触れる、土を踏む、陽光を浴びる。満員電車で鉄筋のビルに通い、プラスチックのパソコンを操作して「金」を稼ぐばかりだと、心が乾いてしまうよと。

(宮本 輝)

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