2020年09月26日

FMICS 9月例会(第730回例会) 大学淘汰の波に勝つキャンパス・ファシリティ: ポストコロナ 大学経営とキャンパスの変革が不可避な時代へ!

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 キャンパス・ファシリティについては、これまで2017年8月例会と2018年12月例会で取り上げました。今月は、コロナ禍により、大きく変容せざるを得ない大学経営をキャンパス・ファシリティの視座に立って整理いたします。

 経営サイド、教育サイドの関係者には、共に、必要不可欠な検討課題です。是非ご参加ください。

 興津利継さまからのメッセージです。
■ポストコロナと書いて
 『長期の経済停滞と財政危機』と読む
■コロナ禍は「前例主義を払拭し
 時代変化に合わせる」絶好のチャンスだ
■各要素のOn/Offバランスを見直し
 自校に適したキャンパス像を描く

 コロナ禍は来年後半には影を潜めるだろうが、経済そして国の財政に与える打撃は計り知れない。もう少し先と考えていた入学者数減少も、進学率が下がればより早く出現するし、無償化の動きも鈍化するだろう。低空飛行を続ける大学経営には大打撃である。
 ファシリティは建物だけではなく、事業・活動を支える物理的要素の全てであり、人件費に次ぐ2番目の支出要素。活動の内容や構成が変われば必要な器も仕掛けも変わらなくてはならないが、建物という器の寿命は非常に長い。“過去に倣った施設計画”から脱却し、将来変化を十二分に踏まえた計画と実践が避けて通れない時代に既になっている。
 まずは変容すべき大学像に光を当てたい。建学の精神に照らしつつ、人口・社会・技術の変化を真摯に受け止め、社会人を育てる役割に焦点を当てて包括的に検討してみることが必要だ。これまでの研究領域・専門を軸にした改善、既存事務組織の枠組みや所属部署内でPDCAを回すことが包括的検討の答えになるとは考えられない。
 これまでの常識を疑い、真剣に将来のあるべき姿を考えることが重要だ。そうすれば、それを支えるキャンパス・ファシリティの変容像も見えてくるだろう。
 それが見えてきた時に、変容すべき姿にどのように近づけていくのか? 成功事例など皆無に近いが、FMICSの場で様々な意見を出し合うことによって、仮説の糸口を見つけられるようになることを望む。

【日時】 2020年9月26日(土)
   研究会 午後8時〜9時30分
Breakoutsession 午後9時30分〜10時30分

【使用媒体】 Zoomミーティング

【テーマ】 ポストコロナ 大学とキャンパスはどう変わるべきか
   〜 キャンパス・ファシリティの変容像を見据えて 〜


【問題提起】
  興津 利継 (竹中工務店 / 元桜美林大学大学アドミニストレーション研究科非常勤講師)
 コメンテーター
  原田 健 (学校法人千葉学園経営企画室担当課長)
  西原 裕貴 (慶応義塾大学 湘南藤沢事務室学事担当課長)
  小西 英行 (多摩大学経営情報学部教授)
  中村 勝之 (桃山学院大学 経済学部教授)

【参加費】 会員1,000円(年会費を完納している場合は無料) 非会員2,000円 学生(会員・非会員問わず)500円

【申込&問合先】 yoneda(アット)fmics.org 担当:米田敬子
 参加定員 40名
 申込締切 2020年9月23日(水)
*お名前、ご所属、連絡方法、本月例会を何によってお知りになられたかをお知らせください。
*参加エントリーをいただきますと参加費の入金を確認の上、資料を送付いたします。
*当日、Zoomミーティングへのご招待をいたします。

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2020年09月16日

FMICS流行語大賞ノミネート作品紹介?

アリ社会(コロニー)の詳細の観察から、いわゆる2:6:2の法則や2:8の法則等が主張され、同じ社会的生物である我々に対しても似た分類が適応できるとの主張がある。アリと違って人間は社会全体を対象にした実験が本質的にできないので、我々を2:6:2なり2:8に分類する科学的根拠は乏しい面はある。だが、個々のつたない人生経験を通じて、2:6:2なり2:8という分類はあながち間違っていないという実感があるのも確かである。

 複数の人間の集まるおよそあらゆる組織において、アグレッシブに活動している訳ではないが現実逃避をしている訳でもない階層が存在し、彼らが人間社会の主要層を占めるのはほぼ間違いなく、教育現場における諸課題の大半がこの主要層に関する事項なのもほぼ間違いない。ここでいう主要層を先月例会の文脈に即して「真ん中」と呼ぶが、しかしながら、それが必ず「悲劇」的状況を招く訳ではない。期せずして私の発した「真ん中の悲劇」という言葉が表題の如く今年のFMICS流行語大賞の有力候補になってしまったが、私としてはそこまで汎用性のある表現だと思っていない。その事をここで明らかにしようと思う。

 教育機関をあたかも人間の如く捉え、そこの偏差値、研究成果の認知度、教育実践の充実度等をトータルな「ブランド力」と表現するならば、その力の相違を通じて、各教育機関を2:6:2に大体分類する事ができる。ここで問題になるのは「真ん中」の6であるが、「真ん中」のうちどのpositionにいるのかで状況は相当異なるのは言うまでもない。以下は、大学を念頭に話を進めていく。

 たとえば、「上の2」の境界付近にいる「真ん中」は上の間隙を突こうと虎視眈々と狙っているはずである。間隙が容易に見出せないようであれば無理矢理にでもこじ開けようとするだろう。ただ、そのenergyは組織を構成する教職員・学生から湧き出るものではなく、組織の中で権力や財源を握る層に依存するケースが多いかもしれない。無論、間隙を突くenergyの源泉の1つには、放置すれば今あるpositionから没落してしまう事に対
する「恐れ」があるかもしれない。一方、「下の2」の境界付近にいる「真ん中」は今あるpositionから没落する可能性に対する「恐れ」が相当あるかもしれない。「下の2」の境界付近にある「真ん中」は総じて財政力に乏しい組織が多く、没落はそのまま組織解体につながりかねない。その意味では、最低限今のpositionを維持するためのenergyは組織全体に共有されやすい環境であるのかもしれない。

 ここで重要なことは、組織において強烈な「危機感」が存在するかどうかである。財政力のある大学ではそれこそ「危機意識」と「権力」をかざすことで、ともすれば怠惰な教員を(強制的に)動員することができるし、「危機感」を共有する教職員を集約することもできる。財政力の乏しい大学では没落することの「危機感」が怠惰な教員をも勤勉に変える。こう考えるとき、「上の2」から一定の距離がありつつも「下の2」からも一定の距離のある「真」の「真ん中」に位置する大学には「危機感」が希薄になる傾向にあるのは容易に想像つく。今のpositionを上げようとenergyを投入したところで分厚い壁の前に、そのenergyは持続しない傾向にある。これは上を目指す受験生がそれなりに流入する「ポタポタ効果」の恩恵を享受することでも強化される。この「ポタポタ効果」を享受できる限り、(表現は申し訳ないが)下層受験生の「上澄み」を排除することもできてしまう。変な話、「真の真ん中」の大学は各所で公表される『ランキング』の欄外にいるケースがあるが、それが却って「ポタポタ効果」を誘発し、組織変革へのenergyを削ぐ方向に作用してしまうのである。

 つまり、表題にある「真ん中の悲劇」とは、そのpositioningによって組織変革へのenergyが削がれることがもたらす帰結のことを指すのである。無論、例外はいくらでも指摘することができよう。しかし、組織変革のenergyに乏しい集団にありがちな傾向は、ほぼ共通していると思われる。
  • 些細なことでも組織決定を経なければならないという先入観がはびこっている。別言すれば、教職員が裁量的に動こうとしてもそれを許さない雰囲気が組織に蔓延している。

  • 権力者の周囲には彼らの意に沿った人間しか配置していない。あるいは、権力者の周りに有能な部下が誰もいない。別言すれば、「隙・嫌い」を通じた人員配置が常態化している。

  • 組織変革を叫ぶ言葉が空虚であり、具体化や実行の可能性を含んだ内容になっていない。あるいは、組織変革に際していたずらにリスクを振りかざす。別言すれば、会議において「空中戦」に始終していて、それでenergyを使い果たしている。この辺りは私の大嫌いな経営理論(多摩大学の小西先生、ごめんなさい!)の教科書レベルの内容だろうが、大事なことは関係者の目線が「内向き」になっていることである。

 教職員の目線が内向き傾向である限り、そこで育つ若者の目線も内向き傾向きにならざるを得ない。それを何とも思わないくらい麻痺した教育組織、そういう所に「悲劇」は襲ってくるものである。

(中村 勝之)

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タグ:中村 勝之
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大学キャンパスの新しいかたち

 立命館大学新聞は8月20日までに明らかにしたアンケート結果によると、学部生の2.3%が退学を本格的に考えているとのこと。「どうするか考えている」は7.5%で、退学を視野に入れている学生は計9.8%に上った。休学を視野に考えていると答えた学生は計25.6%いた。

 調査は5〜18日、学生新聞のホームページなどに設けた集計フォームで実施。対象は全学部生約3万2千人、学生証番号を検証した上で1414件の有効回答があった。調査結果によると、低学年や学費が高い学部の学生は、退学や休学を検討する割合が高い傾向にあった。下宿生でも同様の傾向がみられたが、統計上の差があるとまでは言えなかった。また、退学や休学を検討する学生は、ウェブではなく対面授業を希望する人が多かったとのこと。

 アンケートに回答した学生の想いをかみしめながら、2020年2月1日朝日新聞「折々のことば」(鷲田清一氏)を読み返してみた。種村季弘氏『食物漫遊記』から「いかにもうまそうに書くこととうまいものを味わうこととは別のことである」を紹介し、美食家がうまい/まずいを語るのはご自由。それよりも「食べることの実際と夢想との落差」を逆手にとって、記憶や夢想の中にしかないものを「無いからこそ」深く文章で味わう、その悦楽が文明だとドイツ文学者は言う。「羨むべきは文明である」と。茶の湯でもお茶は先送りしたまま、いろいろな趣向を凝らして客をもてなし、そこに至る過程を愉しむと結ぶ。

 また「天声人語」では4年前に94歳で亡くなった青森県弘前市の佐藤初女さんが発した言葉の深みにひかれた記事を掲載していた。「人間関係で行き詰ったときは心を騒がせず休ませます。煮物と一緒。時間を置くとじんわりします」。カトリック教会の活動に関わり、傷ついた人々から相談を受けるようになり、深夜の電話や突然の来訪が増え自宅を増築。山小屋「森のイスキア」を建てて相談者を受け入れてきたとのこと。独特の対人感覚を備えた人で聴く側に徹し、諭すことはない。力点は食に置いた。持論は「ともに食すことともに在ること。言葉を尽くして話すより、深いところで通じ合える」。野菜を育て、収穫し、調理して食べる。その過程をゆっくりと共有した。

 大学キャンパスの新しいかたちの道しるべ、FMICSの英知結集です。

(宮本 輝)

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2020年09月05日

出光ゼミ 101

<9/4 更新:都合により開催時間を90分に短くし、食事会は取りやめました>

egg2.gif●この勉強会の原理は極めてシンプルです。参加者がそれぞれにネタ(話題)を持ち寄り、みんなで議論します。ネタは、気になった新聞・雑誌記事、業務関連の資料、進めている仕事のアイデア、就活エントリーシートの原稿などなど、何でも構いません。ちょっとした事でも、他人の目に触れることにより思いがけない発見があるものです。ネタがなければ、近況報告だけでもOKです。

★今回も実会場とZoomミーティングの併用型で実施します。

【日時】 2020年9月5日(土) 午前9時30分〜11時 30分

【実会場】 横浜市山内地区センター 会議室3A
  東急田園都市線・横浜市営地下鉄 あざみ野駅徒歩3分
  (横浜市青葉区あざみ野2丁目3−2 山内図書館と同じ建物で別の入口です)
  ※案内表示は「フミックス」です。

【Zoomミーティング】 ID等は申込まれた方に追ってお知らせします。

【参加費】 実会場の場合100円 + 昼食会1000円程度(収入による増減あり)

【申込】 naoki(アット)idemitsu.info (出光直樹@横浜市立大学) まで、お名前・ご所属・参加形態(会場かZoomか)をお知らせください。

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