2020年11月21日

FMICS 11月例会(第732回例会) デジタル時代に求められる文系の感性 〜 文系デジタル人材をいかに育てるか 〜

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 いよいよ、デジタル時代を活きることが、リアルな今になります。国は、行政改革の成長戦略の柱に据える恒久的組織としてのデジタル庁を新設します。
 コロナ禍のもと、我が国は、世界のデジタル時代の波に乗り遅れていたことが、白日の下に晒されてしまいました。理系デジタル人材養成が、声高に叫ばれています。一方、文系のデジタル感性のある人材養成については、今ひとつカタチが見えません。最新のテクノロジーを文系の感性を用いて縦横無尽に操ることができる文系人材の養成も急がなければなりません。
 少なくない文系大学は、数学・統計学、プログラミング系科目、データ分析科目などのカリキュラムの見直し、企業などとの連携を深めながら、情報系大学に生まれ変ろうとしています。
 時代の変わりゆくスピードは、日進月歩をはるかに越えています。今月は、文系人材と理系人材の強みと足りないことを整理し、デジタル時代を活き抜くための人材養成のカタチについて多面的多層的に語りあいます。
 
 問題提起のお三方には、基本の「き」として、私たちは、何をしたら良いのかを考えるためのヒントを提言していただきます。
 コメンテーターには、学生、大学人、企業人、多彩なお立場の皆さまから一言をいただきます。
 ブレイクアウトセッションには、登壇者の皆さまにもメンバーに加わっていただきます。ワイワイガヤガヤ、積極的に意見を交換していただき、問題点を掘り下げます。
 皆さまには、お仲間、学びの主役の学生さんにもお声かけいただき、ご参加くださいますようお願いいたします。

 野村さまからのメッセージです。
■データサイエンス教育やAI産学連携で見えてきた企業と大学のギャップ
 ここ3年の間で、データサイエンスやAIという分野で大学と企業との連携が数多く行われてきました。しかし、双方とも満足した結果を得られている例は少なく様々な課題が浮き彫りになってき
ています。
 最も大きいのは、データサイエンスやAIという葉だけが先行し、双方ともに教育に期待する方向にギャップがあり、ここを十分に協議しないままにスタートした失敗例が多いようです。この事例を提示し、今後はどのように取り組めば良いのかを皆様とともに考えたいと思っています。
 また、文系AI人材という言葉が出てきましたが、
私には、この言葉の意味がピントきません。
 そもそも、AIが社会に浸透していく中で、なぜ文系、理系を分けて議論する必要があるのかがわかりません。
 従って、私としては今後のデータサイエンスやAIが使われる社会の中で企業としてどのような人材を必要としているかに論点を絞ってお話したいと思います。

 長谷川克也さまからのメッセージ
■「デジタル社会って何?」
 世の中をデジタルという言葉が走り回っていますが、世間ではデジタルという言葉をどんな意味で使っているのかが私にはピンときません。もちろん「数学的、工学的」な意味は十分理解しています。しかし、世の中の人が言うデジタルはもちろん「それ」ではないことは当然です。そうでなければ「デジタル庁」なんて名前の役所ができるわけはありません。
 急速に発展したデジタルによる技術が何をもたらしたかというと、情報の在り方を変えてしまいました。ペンで書かれた原稿をもとに活字を拾って印刷した本、PCで原稿を書いてプリンターで出力した本、タブレットで表示した本は、内容が同じなら情報は全く同じものです。情報自体には重さはないのですが情報伝達が物理的である以上そこに重み(資源)が発生してしまいます。社会にとって情報の重要さは今も昔も変わりませんがデジタルは高速大容量通信や大容量記憶装置のおかげで情報伝達の物理的重みを取り去ってしまい、情報を扱うためのリソースを激減させ重圧を取り除いてくれるようになりました。
 会えて文理の役割分担を示せば、デジタル社会の基盤を維持するのは理系なのかもしれませんが、それを使って何かを作るのは文系の人の英知だと思います。

 中村勝也さまからのメッセージ
■歴史に萌えろ!
 理系は人間を含んだいわゆる「自然」を研究対象にしています。そして、研究を進めるうえで「数学」なり「データ」は強力な*道具*として操っています。そこで蓄積された脳は文系にも流入し、いまや、数学とは無縁と思われていた思想系にも数学を取り込むことがトレンドの1つになっ
ています。ただ、現在はまだ過渡期なのでしょう。さまざまなレベルで文系分野で数学を操る手法に一種の「拒絶反応」が生じています。AIへの反応もこの1つと捉えることができるかもしれません。
本当の所を言えば、文系も理系も究極的に目指しているものは同じです。一言で言えば(人間存在を含んだ)森羅万象の理解です。文系と理系の相互交流を進めるためには互いの分野がどういうアプローチをしているのか、ここを知る必要があります。それを知るためには、森羅万象の「歴史」を知ることです。およそすべての学問に未来予測をすることができませんが、過去を知ることで未来を指向して現在を生きる、そのヒントが歴史に刻まれています。そんな話をコンパクトにできれば…と思います。

【 参 考 図 書 】
●安宅和人 『シン・ニホン』 NEWS PICKS 2020.2.20 2400円
●野口竜司 『文系AI人材になる』 東洋経済新報社 2020.1 1600円
●藤井保文・尾原和啓 『アフター・デジタル』 日経BP社 2019.3 2200円
●菅付雅信 『動物と機械から離れて』 新潮社 2019.12 2000円
●太田裕明 『AIは人類を駆逐するのか?』 幻冬舎 2020.6 800円 

【 オンライン文献 】
OECD Education 2030プロジェクトについて
未来投資会議・2020年4月12日第15回会議議事要旨
『文系AI人材になる』を要約! AIを「使いこなせる人」になるには?
AI時代の文系人材。武器にすべきは「大局観」

【日時】 2020年11月21日(土)
   研究会 午後8時〜9時30分
Breakoutsession 午後9時30分〜10時30分
   茶話会 午後10時30分〜

【使用媒体】 Zoomミーティング

【テーマ】  デジタル時代に求められる文系の感性
    〜 文系デジタル人材をいかに育てるか 〜


【問題提起】
 野村 典文 (伊藤忠テクノソリューションズ 広域・社会インフラ事業グループ担当役員付エグゼクティブ・プロデューサー / 広島大学特任教授)
 長谷川 克也 (JAXA宇宙科学研究所 研究開発員)
 中村 勝之 (桃山学院大学 経済学部教授)

【参加費】 会員1,000円(年会費を完納している場合は無料) 非会員2,000円 学生(会員・非会員問わず)500円

【申込&問合先】 yoneda(アット)fmics.org 担当:米田敬子
 参加定員 40名
 申込締切 2020年11月18日(水)
*お名前、ご所属、連絡方法、本月例会を何によってお知りになられたかをお知らせください。
*参加エントリーをいただきますと参加費の入金を確認の上、資料を送付いたします。
*当日、ミーティングへのご招待をいたします。

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2020年11月06日

言葉を紡ごう、丁寧に丁寧に

 齢を重ねるのに比例して出会う人の数も増えていきます。家族、友達、先輩、後輩、担任、上司、顧客、…。出会った人達をその時々の環境に応じて色んな呼び方で呼称しますが、ある目線を通じて出会う人達をある程度分類する事が出来ます。もちろん、これは君自身の目線に忠実であるのが大事で、そこに客観性を持たせる必要はありません。で、それは何かと言うと、言葉の「紡ぎ方」とそこに込められた「想い」です。

 君の周りにこんな人はいませんか。「俺ってコミュ力抜群!」と言いながら場を乱すだけの人。「いざという時になったら俺はやるぜ!」と言いながら一向にやらない人。それが正当であれば本人の前で堂々と言えばいいのに、本人の見えない所で文句ばかり言う人。「それはおかしい!もっとこうするべきだ!」に対して「じゃぁ、ここに来てやってみる?」と返されて尻込みする人。事例を挙げたらきりがありませんが、こうした人達のことをカッコよく表現して【言動不一致】な人と総称することにしましょう。

 では、上で挙げた【言動不一致】な人はどこが一致してないのでしょうか。たとえば、コミュ力抜群と豪語する人はコミュニケーション本来の意味合いを間違って把握しています。コミュ力は「人前で喋る能力」と把握されがちですが、言葉とは元来それを発する人と受け取る人相互の了解の上で成り立つ「道具」です。受け取る人から発せられる言葉の意味、敢えてここでは「想い」と表現しておきますが、それをキャッチできなければコミュニケーションは成立しません。そして、その場に適した言葉を駆使、敢えてここでは「紡ぐ」と表現しておきますが、紡ぎ方を知らない者が言葉をやり取りした所で場を乱すだけです。それすら分からず、俺様ばりに「コミュ力抜群!」と豪語できる人…、痛くないですか? 俺様で言えば、「やる時はやるぜ!」と豪語する人も痛い奴と判断できます。俺様は発言した状況で「やるべき事」は何となく把握していると思われます。ですが、その「やるべき事」の期限がいつで、完成するまでにどれ位の時間を要するのか。完成物の精度はどれ位か。そこまで把握しているのでしょうか、俺様は。 内実や本音まで的確に把握して、その「想い」を言葉として的確に「紡ぐ」ならば、俺様は俺様発言などしないはずです。つまり、自らの率直な「想い」とそれを方明するために「紡いだ」言葉が一致しない、そういう人達のことを【言動不一致】な人と言っていいのかもしれません。

 ただ、上で述べた【言動不一致】な人の例外は幾つも見ることができます。たとえば、誰もが知っている某アスリート。誰が見ても日々努力を惜しんでないはずなのに、アスリート本人は「努力などしていない」と言ってはばからない。彼(彼女)からすると、自ら満足する成果を得るために集中している取り組む様、これを「努力」という言葉で表現しないのでしょう。別言すると、成果を残したいという「想い」を自分なりに「紡いだ」言葉が世間で流通している物ではないのでしょう。彼らからすると【言動一致】させた振舞いをしているにもかかわらず、第三者には【言動不一致】に見えてしまう…こんな感じでしょうか。

 私が同時代を生きる若者に望む事はただ1つ、自分の「想い」に寄り添った言葉を「紡げる」人間になって欲しい。これだけです。ただ、これを自分の内から実感するには、君の思うよりも相当長い時間を要するはずです。その間、勉強だって、恋愛だって、好きな事だって、嫌な仕事だって沢山の事柄を経験するはずですし、それを経ずして丁寧な言葉の「紡ぎ」出しは出来ません。そして、それがある程度自在に出来るようになって初めて〈無駄な経験など1つもない〉と実感できるはずです。

 経験したことが無駄だった…なんて思いたくないでしょ。ならば、色んな経験をして丁寧な言葉を「紡いで」行こうよ。

(中村 勝之)

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盲導犬幸せやのに

 「世間の誤解にほえさせてもらいますわ」。信号待ちの犬が突然、関西弁で話し始める。7月にスタートした日本盲導犬協会のテレビCMの一コマ。盲導犬へのネガティブなイメージに対して、自らが思いを語るユニークな設定で話題を呼ぶ一方、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などでは「犬の気持ちが分かるの?」と疑問の声も上がる。(2020年10月17日毎日新聞より

 視覚障害者とともに交差点で信号待ちをしている際、周囲から「盲導犬って大変そうだよね」「ストレス多そう」「かわいそう」とささやく声が聞こえてくる。それに気づいた盲導犬がふっと振り向き、「うちら、いつでも一緒におんのが幸せや思てんのに。そんなん言われたら、相方も悲しむわ」と一蹴。最後は「どうか、そんな目で見んといてえや。ほんまに、お願いしますわ。ほな、行こか」と立ち去る。

 CMはACジャパン支援キャンペーンとして制作。日本盲導犬協会は、「かわいそう」など盲導犬に同情するような何気ない言葉が長年にわたり視覚障害者を傷つけてきたとし、CMでは親近感を持ちながら互いの関係を正しく理解してもらおうと犬自身が語りかけるスタイルを採用。

 日本盲導犬協会は「誤解」が生じる背景に、視覚障害者は十分に盲導犬をケアできないのではという疑念が根強く残っていることを一因に挙げる。実際には視覚障害者は4週間にわたってパートナーとなる犬とトレーニングを積む。歩行だけではなく、餌やりや排せつといった犬の世話の仕方など、共同生活に向けて信頼関係を構築している。

 さらに盲導犬への理解を巡って関係者の頭を悩ませているのが施設や店舗への相次ぐ受け入れ拒否の問題。02年に施行された身体障害者補助犬法は、補助犬を伴う使用者を公共施設や飲食店などで受け入れることを義務づけている。

 視覚障害者への理解が進まない中で今年は「世間の誤解を解く」をテーマに全国の広告会社から58案が集まり、犬を主人公に自らの口で偏見解消をアピールした作品を採用した。全国の駅で掲示されるポスターなども作製、狙い目通り過去に比べ反響は大きいとのこと。

 現在盲導犬は900頭余りが全国で活躍中。ポスターの盲導犬は「みなさん、盲導犬の僕のこと、どのように見ています?」と投げかける。人気漫画「ワンピース」が少年ジャンプ編集部内で連載に反対意見が多かったのは有名な話だそうで、最近の名せりふは「異形を恐れるは己の無知ゆえ」。

(宮本 輝)

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タグ:宮本 輝
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