2020年11月06日

言葉を紡ごう、丁寧に丁寧に

 齢を重ねるのに比例して出会う人の数も増えていきます。家族、友達、先輩、後輩、担任、上司、顧客、…。出会った人達をその時々の環境に応じて色んな呼び方で呼称しますが、ある目線を通じて出会う人達をある程度分類する事が出来ます。もちろん、これは君自身の目線に忠実であるのが大事で、そこに客観性を持たせる必要はありません。で、それは何かと言うと、言葉の「紡ぎ方」とそこに込められた「想い」です。

 君の周りにこんな人はいませんか。「俺ってコミュ力抜群!」と言いながら場を乱すだけの人。「いざという時になったら俺はやるぜ!」と言いながら一向にやらない人。それが正当であれば本人の前で堂々と言えばいいのに、本人の見えない所で文句ばかり言う人。「それはおかしい!もっとこうするべきだ!」に対して「じゃぁ、ここに来てやってみる?」と返されて尻込みする人。事例を挙げたらきりがありませんが、こうした人達のことをカッコよく表現して【言動不一致】な人と総称することにしましょう。

 では、上で挙げた【言動不一致】な人はどこが一致してないのでしょうか。たとえば、コミュ力抜群と豪語する人はコミュニケーション本来の意味合いを間違って把握しています。コミュ力は「人前で喋る能力」と把握されがちですが、言葉とは元来それを発する人と受け取る人相互の了解の上で成り立つ「道具」です。受け取る人から発せられる言葉の意味、敢えてここでは「想い」と表現しておきますが、それをキャッチできなければコミュニケーションは成立しません。そして、その場に適した言葉を駆使、敢えてここでは「紡ぐ」と表現しておきますが、紡ぎ方を知らない者が言葉をやり取りした所で場を乱すだけです。それすら分からず、俺様ばりに「コミュ力抜群!」と豪語できる人…、痛くないですか? 俺様で言えば、「やる時はやるぜ!」と豪語する人も痛い奴と判断できます。俺様は発言した状況で「やるべき事」は何となく把握していると思われます。ですが、その「やるべき事」の期限がいつで、完成するまでにどれ位の時間を要するのか。完成物の精度はどれ位か。そこまで把握しているのでしょうか、俺様は。 内実や本音まで的確に把握して、その「想い」を言葉として的確に「紡ぐ」ならば、俺様は俺様発言などしないはずです。つまり、自らの率直な「想い」とそれを方明するために「紡いだ」言葉が一致しない、そういう人達のことを【言動不一致】な人と言っていいのかもしれません。

 ただ、上で述べた【言動不一致】な人の例外は幾つも見ることができます。たとえば、誰もが知っている某アスリート。誰が見ても日々努力を惜しんでないはずなのに、アスリート本人は「努力などしていない」と言ってはばからない。彼(彼女)からすると、自ら満足する成果を得るために集中している取り組む様、これを「努力」という言葉で表現しないのでしょう。別言すると、成果を残したいという「想い」を自分なりに「紡いだ」言葉が世間で流通している物ではないのでしょう。彼らからすると【言動一致】させた振舞いをしているにもかかわらず、第三者には【言動不一致】に見えてしまう…こんな感じでしょうか。

 私が同時代を生きる若者に望む事はただ1つ、自分の「想い」に寄り添った言葉を「紡げる」人間になって欲しい。これだけです。ただ、これを自分の内から実感するには、君の思うよりも相当長い時間を要するはずです。その間、勉強だって、恋愛だって、好きな事だって、嫌な仕事だって沢山の事柄を経験するはずですし、それを経ずして丁寧な言葉の「紡ぎ」出しは出来ません。そして、それがある程度自在に出来るようになって初めて〈無駄な経験など1つもない〉と実感できるはずです。

 経験したことが無駄だった…なんて思いたくないでしょ。ならば、色んな経験をして丁寧な言葉を「紡いで」行こうよ。

(中村 勝之)

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盲導犬幸せやのに

 「世間の誤解にほえさせてもらいますわ」。信号待ちの犬が突然、関西弁で話し始める。7月にスタートした日本盲導犬協会のテレビCMの一コマ。盲導犬へのネガティブなイメージに対して、自らが思いを語るユニークな設定で話題を呼ぶ一方、ソーシャル・ネットワーキング・サービス(SNS)などでは「犬の気持ちが分かるの?」と疑問の声も上がる。(2020年10月17日毎日新聞より

 視覚障害者とともに交差点で信号待ちをしている際、周囲から「盲導犬って大変そうだよね」「ストレス多そう」「かわいそう」とささやく声が聞こえてくる。それに気づいた盲導犬がふっと振り向き、「うちら、いつでも一緒におんのが幸せや思てんのに。そんなん言われたら、相方も悲しむわ」と一蹴。最後は「どうか、そんな目で見んといてえや。ほんまに、お願いしますわ。ほな、行こか」と立ち去る。

 CMはACジャパン支援キャンペーンとして制作。日本盲導犬協会は、「かわいそう」など盲導犬に同情するような何気ない言葉が長年にわたり視覚障害者を傷つけてきたとし、CMでは親近感を持ちながら互いの関係を正しく理解してもらおうと犬自身が語りかけるスタイルを採用。

 日本盲導犬協会は「誤解」が生じる背景に、視覚障害者は十分に盲導犬をケアできないのではという疑念が根強く残っていることを一因に挙げる。実際には視覚障害者は4週間にわたってパートナーとなる犬とトレーニングを積む。歩行だけではなく、餌やりや排せつといった犬の世話の仕方など、共同生活に向けて信頼関係を構築している。

 さらに盲導犬への理解を巡って関係者の頭を悩ませているのが施設や店舗への相次ぐ受け入れ拒否の問題。02年に施行された身体障害者補助犬法は、補助犬を伴う使用者を公共施設や飲食店などで受け入れることを義務づけている。

 視覚障害者への理解が進まない中で今年は「世間の誤解を解く」をテーマに全国の広告会社から58案が集まり、犬を主人公に自らの口で偏見解消をアピールした作品を採用した。全国の駅で掲示されるポスターなども作製、狙い目通り過去に比べ反響は大きいとのこと。

 現在盲導犬は900頭余りが全国で活躍中。ポスターの盲導犬は「みなさん、盲導犬の僕のこと、どのように見ています?」と投げかける。人気漫画「ワンピース」が少年ジャンプ編集部内で連載に反対意見が多かったのは有名な話だそうで、最近の名せりふは「異形を恐れるは己の無知ゆえ」。

(宮本 輝)

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