2021年05月05日

「くじ」と「くじ」の狭間で

 今回は先月の例会でも出た「最適停止問題」から話を発展させていこう。これは様々な形で定式化されているが、以下では「秘書問題」として状況設定を説明することから始めよう。
  1. ある企業が秘書1名の採用募集をしたところ、n人の応募があった(nは既知)。
  2. 応募者には順位をつけることができ、複数の応募者が同じ順位になることはない。
  3. n人から無作為に1人選んで面接を行い(ゆえに、最良の秘書が何番目に来るのかが不明)、採用の可否は面接終了直後に決める。
  4. 採用者はそれまで面接した者のうち相対順位の一番高い者である。また、採用された者はその旨を断らない。
  5. 採用が決まればそれ以降の面接は行わない。また、一度不採用とした応募者を後から採用することはできない。

 この問題は経済学の言う「非対称情報問題」の典型である。採用に当たって、応募者の中で誰が最良の人材なのかが選考前の段階で分からない(仮定(3)より)からだ。事前に応募者の内実が不明な状況では事前審査(スクリーニング。大学入学者を選ぶ状況なら各種入試や出願の際の各種要件)を行うのが普通だが、今の設定では面接以外の判断材料がない。そこで、企業は次のような採用過程を踏むだろう。
  • 最初のk人までは相対順位をつけつつ無条件に不採用とする。
  • k+1人目以降は最初に@で定めた相対順位を上回った応募者を採用する。

この時、企業の直面する問題は、最良の人材を獲得する確率を最大にするように、すなわち無条件に不採用にする応募者数をどのように制御すればいいのかに帰着する。その結果は、k=n/e、すなわち応募者の1/3強を無条件に不採用とし、その直後に面接した応募者を採用すれば、その人は確率約37%で最良の人材であると話したのは例会の通りである。そして、この問題の美しい所は、この確率の大きさが応募者の大きさに依存しない事である。

 さて、上の話を応募者の立場で少々深堀りしてみよう。

 第1に、応募者はその企業の業態や業績・評判、秘書業務がどのような物であるのかについての知識を持っている必要がある。就活を控える大学生は本質的に同じ事が要求されるが、高校生の場合、出願を考える大学の評判や学部で何を勉強するかについての情報が必要だという事である。第2に、採用者はそれ以前までの面接者の中で相対順位が1位だっただけで、その基準は応募者から見れば不明である。逆に言えば、採用者が採用されたのは「くじに当たった」程度の意味合いしか持たない事である。変な話、真面目に努力を積み重ねても採用され(合格し)ないケースもあれば、適当にやっていても採用され(合格す)るケースもあるのである。第3に、選考段階でスクリーニングするのは本質的に企業が主体的に行うのであって、応募者は行えないという事である。無論、第1の点を踏まえれば、応募(出願)段階で適切な情報を入手した上で取捨選択したのであれば、それなりのスクリーニングを行ったと言えなくもない。だが、第4に、企業側から見て約63%の確率で採用者が最良の秘書ではないのと同様に、応募者側から見ても採用されて働いた結果に満足するかが全く分からない事だし、そもそも論として、採用後の話は秘書問題には存在しない事である。仮定(4)から、採用者は企業からの申入れに断ることはないというのは、第1の点から、応募企業に関する情報や秘書業務の内容を知っているからであって、この点を持ち出すこと自体がナンセンスである。だが、現実はそうは行くまい。

 以上を踏まえて、高校生向けにどのような日常生活を営めばいいのかについてアドバイスしてみようと思う。無論、この話は全ての年代で直面する事項に当てはめても同様に成立する。

 高校卒業後の進路の主軸は大学にあるのだろう。その数約800。ここから大学卒業後の進路や大学で学びたい分野、居住地等を勘案して選択肢を絞り込む。その際、実は学力(偏差値)や評定平均に基づいた階層が成り立っている。実は、高校生たちが絞り込む選択肢には階層が存在する。なので、大学進学後に何をするのかと同時に選択肢の階層も見定めなければならない。そして、現状と比較して目標とする階層と食い違いがあるのなら、そこにある程度合致するための行動を取らねばならない。

 さらに、選択肢を絞り込むためにオープンキャンパス等に積極的に参加して選択肢の実情を知っておくことが必要である。ただ、失礼な言い方だが、大学関係者は高校生に対してありきたりな事しか言わない傾向にある。そのまま受け取れば選択肢の絞り込みができなくなってしまう。その意味では、相手を見抜く「目」と「耳」を持つ必要がある。目標階層に合致するためのあらゆる行動、それと同時に「目」と「耳」を磨くあらゆる行動、これらは「くじ」を引くまでに継続できていなければならない。「くじ」を引く直前段階で何をやっても本質的に無駄である。現状に合致する階層を変更することは本質的に無理なのだから。

 人生のキーポイントには必ずといっていいほど「くじ引き」がある。その結果そのものは確率事象なのでそれ自体を大きく変えることはできない。だが、ある「くじ引き」と次の「くじ引き」には時間的間隔がある。その間に何を為すべきか? ここを考えるのが高校生目線で見た高大連携・高大接続の本質の1つである。

(中村 勝之)

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強い会社は「学びの場」

 大学は仕切り直しの春のはずが新型コロナ変異株「第4波」急拡大に伴い対面授業を中止または最小限にして実施している。日本経済新聞2021年4月8日オピニオン欄「強い会社は学びの場」にて会社を学習インフラ化する動きを見ていきたい。

仕事の場を「学びの場」にする試みとして不動産関連サービスのLIFULL(ライフル)が手がけるリビング・エニウェア・コモンズという事業がある。全国各地の遊休施設を転用し、仕事ができる滞在型の拠点として貸し出す。現地の人との交流で自分の知らない世界と出合い、新たな着想がわいたという声が利用者から上がる。フリーランスなど個人の利用が中心だったが、今「オフィス」として関心を寄せる会社が増えている。働きながら従業員が成長するのを促す。「こういう自由な働き方を認める会社に若い人は集まる」。事業責任者は予想する。人材を丸抱えして自社のカラーに染め上げる手法はもう通用しない。寿命が延び、人生設計は転職や起業が当たり前になる。キャリアアップのため会社を去る従業員がふつうに出てくる。従業員を支援する手を抜く会社は求心力を失う。

 学びは年齢を超えたテーマになった。20年創業のスタートアップ、コノセル(東京・新宿)が運営する「コノ塾」・小中学生がタブレット端末で取り組む学習カリキュラムはアルゴリズムで個別につくられ、進捗や理解度をデータで把握する。システム任せではなく、人によるサポートで子供たちを励ます。CEOが言う。「勉強したら成長するという成功体験をもつ子供を増やしたい」。新しい学び方に慣れ親しんだ世代が台頭する。大人になった彼らが「ここは学べる。自分を磨ける」と感じる会社でなければ、選択肢からふるい落とされる。新入社員を迎えまずは研修という会社が多い。「わが社は若い人たちの学びのニーズを満たせているか」経営者が自己点検すべき事柄である。

 哲学者の鷲田清一さんは大阪大学の学長として、かつて入学式で語りかけている。「森のなかでいちど道に迷うこと、方向喪失の状態に陥ることが、じつは大学で学ぶことの意義なのです」。なぜわざわざ道に迷わねばならないのか。鷲田さんは言葉を継いでいる。「答えがわからないまま、それでもたえず何らかの方向を選択していかなければならないのが現実世界というものです」(『岐路の前にいる君たちに』)。鷲田さんは告辞で言っている。「大学には膨大な知見とスキルがある。」(読売新聞2021年4月3日「よみうり寸評」より)

(宮本 輝)

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