2016年11月28日

隠れキリシタンではなく堂々と

 大学職員を主たるターゲットにした大学院である、桜美林大学の大学アドミニストレーション研究科の関係者によって使われるジャーゴン(業界用語?隠語?)に“隠れキリシタン”があります。おそらく他の社会人大学院でも通じるのではないかと思うのですが、職場に内緒で大学院に通っている人を意味する言葉です。

 大学職員が大学院で学ぶ事が、江戸時代のキリスト教信仰の様に法令で禁止されている訳でもなく、はたまた職場の就業規則で禁止されているケースも恐らく皆無だとは思いますが、職場の理解が得られそうになかったり、無用の軋轢を避けるためなどの理由から、職場には内緒で学びに来ている人は、少なからずおられます。

 悲しいことではありますが、教育機関で働いているのにも関わらず、大学職員の世界では働きながら学ぶことを快く思わない気風が、まだまだ見受けられるようです。また職場に内緒にせずに学んだ人の場合でも、やっとの思いで大学院を修了した際にわが事の様に喜んで祝福してくれたのは教員の方々で、事務職員からの反応は淡泊なものだったという事も、よく聞くエピソードだったりします。

 とは言え、これから大学院等での就学を考えている大学職員の方から相談された場合には、様々な事情により一概には言えない面もあるかもしれませんが、職場に内緒にせずに堂々と学ばれるべきだと、私はアドバイスしています。

 大学職員に限らず現職の社会人が大学院で学ぼうとする動機には、学んだ事が即効的に役に立つかどうかにかかわらず、学ぶことによって自分の仕事をより良いものにしていく事が、多かれ少なかれ含まれていると思います。とは言え、大学院で学んだ事が短期的に役に立ったり、特権的に力を発揮するという事はほとんどないでしょう。大学職員を含む事務系の仕事というものは、利害関係者と関わり交渉しながら遂行していくものであり、頭の中の知識のみでポソッと勝ち負けが決まるようなものではないからです。

 ですので、軋轢を避けて自分が大学院で学ぶことを職場に隠しているようでは、学んだ事を良い仕事に結びつけられるのかどうかも危ぶまれます。同僚や上司からの抵抗があったとしても、しなやかに乗り越え、少しずつでも理解を取り付けていく事こそ大切な1歩。ひけらかす事はありませんが、堂々と学んでいく事こそが、良い仕事に結びつくと思うのです。

(出光 直樹)

【追記】12月17日(土)の午後、桜美林大学の四谷(千駄ヶ谷)キャンパスにて、大学アドミニストレーション研究科の説明会と、大学職員の学びをテーマとした公開の研究会が開催されます。

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タグ:出光 直樹
posted by fmics at 18:04 | TrackBack(0) | 巻頭言
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