2017年07月12日

FMICSの総括の日

“合議制のカルト集団”…去る3月に高橋真義さんとともに桜美林大学を定年退職となり、今後は教育関係の付き合いから足を洗うと宣言していたものの、今回やはりというか、先日のFMICSシンポジウムに登場していただいた諸星裕先生が、工学院大学で開催してた頃(おそらく2000年か1998年)のFMICSシンポジウムの壇上で述べたのが冒頭の言葉。当時は私学事業団に在職していた高橋さんを中心に、そうそうたるメンバーがワイワイがやがやと熱く運営しているFMICSの姿を、言い得て妙な表現だと心に残っていました。

 諸星先生が最初にFMICSの月例会で話をされたのは、秋田県の国際教養大学の前身とも言えるミネソタ州立大学機構秋田校の学長として、同校の運営を軌道に乗せていた1990年代初頭の頃。振り返ってみれば、日本の高等教育をめぐるチョットした歴史ともいえる月日が流れている訳です。

 さて今回のシンポジウムでは、私は「総括」のお役を仰せつかりました。なぜか予めレジュメを作成しておかなければならないので、議論の方向を予想しつつ「まとめときづき」「自分自身の当事者になる」「1人1人の新たな縁へ」との3点を準備しておいて、その日のシンポジウムを振り返ってのコメントをしましたが、当日に4点目として付け加えてお話(ご提案)したのが表題の「FMICSの総括の日」です。

 これは結論から言うと、FMICSの軌跡と意義をきちんと後世に伝える為に、来年のシンポジウムまでには、FMICSの活動に終止符を打つ=総括する日を決めましょう、という事です。

 ほぼ毎月開催し発行している月例会や会報の『BIG EGG』。伝説の『100回BOOK』や『100人BOOK』、10号くらいまで毎年刊行していた『FUSION』などなど。FMICSの歩みとその記録は、1980年代のマス化から現在のユニバーサル化した我が国の高等教育の歩みを振り返る貴重な歴史資料となるものですし、それはきとんと後世に伝えられなければなりません。

 1981年3月14日にFMICSが産声をあげた時、高橋さんは34歳。その後間もなく加わった滝川義弘さんは27歳だったそうですから、紛れもなくFMICSは当時の若手の大学人が集って成長してきた集団です。創設メンバーの大学人としての人生や当事者性が色濃く反映しているのですから、そのパッションを代替わりによって継続していくことは、まず不可能と思います。

 FMICSとは何なのか? 創設の当事者が歩んだ歴史とともに、その果たした役割を総括をして記録に残し、次の世代の人たちにはFMICSという器ではなく、それぞれの当事者性に基づいた新しいご縁の形を創ってもらう方が、そのパッションは様々な形で受け継がれていくことでしょう。

(出光 直樹)

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タグ:出光 直樹
posted by fmics at 18:02 | TrackBack(0) | 巻頭言
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