2003年頃のアップルの社食は石窯のあるイタリアンから職人が握る寿司まで地域一の有名店がずらり、しかも安いのに驚いたとのこと。一時は追放されていたスティーブ・ジョブズ氏が戻った際、社食の低水準さに怒り、「創造的な環境でしか、創造的な製品は生まれない」と高級路線に全面改装したのだという。
一方、15年前のグーグルの社内は、食事は無料で簡単に済ませられ、若者が技術革新に邁進する環境が整っていた。先日、今は巨大になったグーグル本社を尾形氏が訪ねると、社食は世界的企業らしくしゃれていたが、ヘルシーな食事を無料ですぐに食べられるという基本コンセプトは以前と同じ、ホタテ入りの寿司の太巻きを手に若い技術者が熱心に議論していたとのこと。
社食に込められた経営者のメッセージは、その後のIT業界での両者のプレゼンスに具現化されていったように感じるという。アップルは洗練され高級なiPhoneを生み出し、グーグルはエンジニアが寝る間を惜しんで開発した革新的技術によりネット業界を席巻していった。社食のアナログな改善は、やがて社の方向性の象徴となり、デジタル覇権を争う人材を育てた。日本でもタニタなど社食で有名な企業はあるが、「食」で経営者が強いメッセージを発している企業はどれだけあるだろう。「イノベーションを!」を社員にお題目を唱える前に、日本の経営者もジョブズのように胃袋から伝わる地道で深いメッセージで、15年先のネット覇権を目指してみてはどうだろうかと尾形氏は提言する。
最後に兆しその2としてご紹介。「パンダ サル バナナ」。この3つの単語から近い関係の2つを選べ―こう聞かれたら、あなたはどの単語を選ぶだろうか。この質問を米国人と中国人の大学生を対象に行った心理学者の実験がある。多かったのは米国人では「パンダ サル」、中国人は「サル バナナ」だった。前者は動物という「分類」を、後者は「サルはバナナを食べる」という「関係」を重視した(ニスベット著『木を見る西洋人 森を見る東洋人』)。西洋人は分析的かつ論理的、東洋人は物事の具体的関係性を重視するとの説を裏付けるデータである(2019年5月8日(水)毎日新聞「余録」より抜粋)。あなたはどの単語を選ぶだろうか?
(宮本 輝)

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