前回の代打では、ケインズの景気循環論で重要な概念である企業家のアニマル・スピリットとVUCAを繋げて考察してみた。今回はその続きである。
ケインズの議論は少し形を変えてハロッドに引き継がれる。彼の議論を簡単に説明できないが、イメージとしてこんな感じである。2つの基準となる成長率が定義される。1つは保証成長率。これは生産設備の完全稼働のもとで最大限実現できる成長率である。もう1つは自然成長率。これは労働者を完全利用したときに最大限実現できる成長率である。ここで重要なことは両者が一致するのは「偶然」でしかないことである。そして、実際の成長率はこれら2つの成長率の間を「揺らぎ」ながら推移していく(揺らぐ原因についてハロッドは詳細に検討していないが、ケインズが導入したアニマル・スピリットを含めていいだろう)。だが、揺らぐ先に待つ未来は資本主義社会の低迷である。この結論は「不安定性原理」とか「ハロッドの基本命題」などとよばれている。
ハロッドは資本主義社会が本源的に不安定な属性を持っていることを示したが、これに真っ向から対立する議論が提示される。その人の名はソロー。経済成長論の礎を作った人物である。彼の議論も簡単に解説できないが、生産に投入される生産設備と労働が自在に調整されることで、ハロッドの定義した保証成長率と自然成長率が「必然」的に一致すること、そして実際の経済成長がそこに向かって収斂することを示した。強引にまとめると、ソローは資本主義社会が本源的に安定したシステムであり、そこにおける「揺らぎ」は一時的現象に過ぎない。少々揺らいでもゴールは見えているのだから気にすることはない、こんな話である。
とかく人は「揺らぎ」に一喜一憂してしまう存在である。その一方で、人は今の揺らぎが長続きせずいずれ収まることも経験的に知っている。揺らぎを我慢できるのはその先のゴールが(ぼんやりでいいから)見えているから。ただ、今のVUCAとはゴールが見えない状況で生じている揺らぎでもある。先が見えなくて揺らいだ現状を人はどこまで我慢できるのか? その胆力が問われているのが今なのかもしれない。
(中村 勝之)

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