2020年07月19日

先生のこと、覚えていますか?

 数多い本誌読者の中で本欄に目の止まったごく僅かな人達に向けて、ひっそりこっそり質問を投げてみたい。

Q1.今まで学校で出会った諸先生の中で、今でも印象に残っている方は何人いますか?

Q2.今まで学校で受けた授業の中で、今でもはっきりと覚えている内容はどれくらいありますか?

 質問を読んだ人達が指を折っている間に、私の解答例を示しておく。

 まずQ1.だが、こう問われたら私は間違いなく2人の先生を挙げる。1人目は高校3年当時の担任。物理の先生で、いわゆる「熱血先生」から一番遠い位置にいる、クールな方だった。ただ、生徒のポテンシャルを見抜くのは一級品で、見事にメロメロになった。2人目は大学院の恩師。高橋先生ばりの強烈な個性の持ち主で、今の私の担当する講義科目のエッセンスは彼の退官時の「最終講義」に明瞭に示されている。

 次にQ2.だが、学部時代の「人文地理学」の講義、大学院時代の「比較(インド)思想」と大学院時代の恩師の最終講義の3つを挙げる。

 我々は学校環境の中で様々な教諭・教員から様々な教科内容を教授される。だが、学校環境から離れてある程度の年数が経過すればその殆どを忘れてしまうものであり、現在では指を折って数えられる程度しか挙げられないはずである。これが教育の理想とは別の所にある本質の1つである。いくら教諭・教員が一生懸命教科内容を教授したとしても、教授対象たる若者達は時間の経過とともに殆んど(教えた先生の人物像とともに)忘れてしまうものであって、これが普通なのである。

 学校環境で学習した内容は、よほど強く記憶に定着されているか現在でも活用しているものでもなければ、環境が変われば間違いなく忘れる。学校関係者が中心の我々であってもそうなのだから、それを踏まえず今の若者達に「勉強しろ!」というのは自己矛盾でしかない。こう言い切ってしまったら身も蓋もないが、教科内容自体はいくら必死で伝えようとも、学校環境を去ると記憶から忘れ去られる性質のものである。これを自覚しているか否かで若者に向き合うスタンスは大きく違ってくる。

 なので、学校関係者が若者達に長きに渡って記憶にとどめてもらおうとするために必要なこと、それは彼等に「インパクト」を与えることである。具体的にどのようにするのかは個別に異なるが、共通している事は「セルフ・プロデュース力」を身につけることである。

(中村 勝之)

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タグ:中村 勝之
posted by fmics at 18:04 | TrackBack(0) | 巻頭言
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