2021年02月05日

情報と好みと肌感覚と胆力と

 私は一応経済学者であるが、高等教育の大半を教育学部で過ごしてきた。今ではアクティブラーニング(AL)が教育業界でもてはやされているが、その遥か以前から問題解決学習の重要性が喧伝されてきた。知識偏重と言われる系統学習と対比される概念であろうが、正直、そこまで言うほどのメリットが理解できなかった(ALにしても、その重要性は理解できるが、全ての授業でALにするのはやめた方がいいと思っている)。今回の読書案内で【問題発見力】に関する親書を紹介したが、(いいポイントは突いていると思うが)実践的側面で言えば、ほぼ不可能なことを言っていると思っている。人は結局の所、自らの経験に根ざした視野・発想・行動しかできないのだから、そこから外れた視点から何を言われても(頭で理解できても)行動に移せる程のインパクトはないのではないだろうか。

 読書案内の内容との関連で、今回は2点指摘したい。第1に、【問題発見力】を鍛えるには自分の行動を逐一振り返ってみることである。たとえば、貴方がPCを購入しようとしているとする。このとき、貴方は使用目的に応じたスペックを調べるはずである。PCの知識の豊かな人は自分で調べられるが、知識に乏しい人なら詳しい知人や店員に聞いてみるはずである。PCに関する使用目的、知識、人脈など、購入するという行動に当たって必要な有形無形の事項を『情報』と呼ぶことにすると、何を情報にして、どのようにそれを活用するのか、ここを自覚できるようになっておいた方がいい。もう1つ考えるべきはどのPCを購入すればいいのか、その判断基準を自覚することである。使用目的にマッチしスペックも同一のPCが2種類あったとする。PCは1つあればいいのだから、必然的に1つを選択肢から外さなければならない。そこで重要になるのが貴方の『好み』である。この辺りは自覚できていると思うが、たかが好みと侮るなかれ。好みが自覚できていれば、意外な所から入力される情報についても「ピン」と来る可能性が出てくるのである。

 第2に、【問題発見力】を鍛えてもVUCAの時代を生き抜けるとは限らないことである。とかく同時代を生きる我々は、他者との差別化をはかるべく様々な努力をしなければならないという強迫観念に駆られているかもしれない。ただ、様々な努力やってみて理解する事は結局の所、やってみた事項の向き/不向きの自覚くらいである。読書案内で取り上げた新書では問題発見力との対比で【問題解決力】が挙げられているが、周囲を見て問題解決力を極めた人はほとんど見当たらない(言っておくが、東大を首席で入学する者は問題解決力に優れている訳ではない)。なので、問題解決力を極めればVUCAの時代を生き抜けるはずである。大事なことは、所謂「○〇力」の中で自分に最もマッチするのを見つけて、極める事である。まさに「好きこそ物の上手なり」である。こう書けば、「どうやって自分にマッチする物を見つけられますか?」と質問が飛んでくる。言っちゃぁ悪いが、この質問を投げる時点でVUCAに振り回される日常となるであろう。

 昔だって(当時の視点から見れば)VUCAだったはず。その意味では、昔も今も(見かけは違っても)さして変わった事項はない。そう考えると、昔も今も個別にやるべき事項もさして変わらない。『情報』と『好み』に基づいて行動を起こす。どの行動が自分にマッチするか、その判断は試行錯誤を繰り返した先にある『肌感覚』をキャッチする。そして、こうしたことを継続する『胆力』を鍛えることである。

(中村 勝之)

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タグ:中村 勝之
posted by fmics at 18:04 | TrackBack(0) | 巻頭言
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