消費という行為を子細に観察すると、これもザックリ2つに分ける事ができる。1つ目はコンビニでの買い物やネットショッピングを想起すると分かりやすい。自分の欲するものを購入する行為である。最近これをモノ消費と呼ぶ様になっている。2つ目はカラオケ・ボウリング・旅行などを想起すればいい。無論、これらにはモノ消費を伴うのだが、どちらかと言えばその時間・人との縁を楽しむ物であり、最近はコト消費と呼ばれたりする。ただ、両者は綺麗に分割できるものではなく、消費行為への比重もしくはモノとコトの焦点の絞り方の違いと考えた方がいいだろう。
たとえば服飾品の購入行為を考えてみる。今であればネットショップで検討して購入ボタンをクリックすれば後日現物が配送され、これが中心となりつつある。一方、ブティックなどに直接出向き、店員とおしゃべりしながら購入する場合も変わらず残っている。この行為に対して服飾品に焦点を絞ればモノ消費と判断できる。一方、購入の検討のために費やす時間に焦点を絞ればコト消費と判断できる。ただ、ここまで書いた上で今という時代を考えると、コト消費は2つに分割できるのではないか。1つはネットショッピングの如く、遠隔(バーチャル)で一人で検討時間を費やす場合と、もう1つは店員と対面して検討時間を費やす場合である。いずれも購入に当たっての検討時間は総じて楽しい物であり、それなりの満足度が得られる。検討時間を含めて消費行為を考えると、遠隔でショッピングするモノ・コト消費、対面でショッピングするモノ・コト消費に分類できるのかもしれない。
教育を消費と考えるのには批判が多いだろうが、「教育サービスの充実」「学生満足度の向上」などのフレーズが躍るのは、教育を消費と考えてしまっている証拠でもある。ただ、遠隔授業が教育ツールの1つとして定着してくると、やはりここを無視した教育システムの構築は難しいだろう。ただ、消費行為一般への嗜好が多様である様に教育サービスの享受の嗜好も多様である。その意味で、対面消費を排除する形で遠隔消費を推進しない方がいい。
(中村 勝之)

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