現在、本学では、研究費の申請から執行までを書類ベースで行っている。新しい仕事が増える中、業務の効率化や生産性の向上は、従来にも増して大きな課題となっている。コロナ禍により、一定の業務整理やスリム化は達成できたが「ハンコ」によって承認を行う紙ベースの業務フローは残存し、改善の余地は大きい。コロナという外圧を経ても、なお、業務改革が進まないのはなぜだろうか。
誤解を恐れず言えば「その方が楽だから」かもしれない。「変える」ほうが手間や面倒といったコストが生じるという発想だ。(もちろん日常業務に忙殺され、見直しに着手できないという事情もあるだろう)。
大学のような非営利組織の賃金は、仕事の成果によって上下することはほぼなく、企業と比べ固定的である。身も蓋もない言い方をすれば、改善してもしなくても給与は一緒なのだ。
しかし、職員は、大学で働く意義や高等教育への貢献を胸に「大学」の扉を叩いたはずだ(と勝手に推察している)。仮にそうだとすれば、大学で働く「意味」を定義し、全体で共有することによって、人材育成などのマネジメントに活用できるだろう。例えば、「なぜ大学や自分の仕事が、社会にとって必要なのか」といった数値では表せない「大学業務の意味づけ」を行い共有する。上手くいけば、組織のアイデンティティ形成に貢献し、連帯感を育むことを期待できる。様々な考えを持つ職員がいる中で、少なくとも「大学に勤める者の心構え」のような、精神的基盤を築くことはできるだろう。
2つ目には、職員の「仕事の進め方」も影響している。課題に対して、従来の方法によって解決しようとする傾向が強い。例えば、新規業務を行う際に人員不足という問題が生じると、残業や外部委託といったこれまでの方法で解決しようとしがちだ。「業務改善」とは異なり、新しい技術や手法を使って、現状の「仕事のやり方」(紙ベースでの業務フローなど)そのものを見直す「業務改革」に取り組むことは不得手だ。
今回、情報交換会への参加や、他大学への訪問をとおして、各大学が共通した課題を抱えていることを再認識した。大学が連携して共通の問題に取り組むメリットは大きいように思う。利益が相反する企業にとっては難しいかもしれないが、「社会の公器」と言える大学においては、連携・協力することは可能だろう。そんな場所で働くことの「意味」を確かめながら、日々の仕事に向かい合いたい。たかが「意味」、されど「意味」である。
(佐藤 琢磨)
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