その中でも「教育の質保証」に注目したい。財務省は、私大では「認証評価制度は、学修成果・教育内容の実質的な評価が行われていない」と明言し、「絶対的」な質保証の必要性を訴えている(上述の財政制度等審議会、財制度分科会資料より)。
具体的には、入口段階において「高等教育にふさわしい水準で入学させているか」という懸念を示し、米、英、仏、独、中、韓が「共通試験」を主な合格者決定方法としている例をあげ、大学入学共通テストの標準化と得点の要件化を提起している。
さらに、入学後「高等教育にふさわしい水準で単位認定を行っているか」という本質的な懸念も示している。英国では、公的助成金を得るために「教育の質が高等教育としてふさわしい水準であること」が要件とされ、学生の提出物も参照する例をあげて、「認証評価機関が、シラバスや学生の提出物を確認することで講義や課題のレベルを直接的に評価し、最低限の質保証を行うべきだ」という提言を行っている。単位認定の水準を厳格に担保することについては、「いまさら感」も否めないが、正論だ。
文科省は、このような指摘に対し、以下のような基本的な考え方を示して、反論している。「大学教育が特定の目的に閉じておらず、国民に広く開かれている我が国においては、個々の大学の目的を捨象し一律に扱うような議論を行うのではなく、高等教育機関が、世界的な研究・教育の推進や、地域社会を支える職業人養成などといった、多様な社会のニーズに大学システム全体として対応し、役割を果たしていることに留意して議論を進めていくべき」だとして、「一律的・絶対的」というスタンスを示す財務省に対して、多様なニーズに対応している日本の高等教育の現状への理解を求めている。
そのため、入試方法や単位認定についても「国が一律の基準を設定したり、多様性を無視した「横並び」の評価を行うのではなく、各大学の教育及び学修成果の目標が高等教育機関として相応しい水準になっているかを確認した上で、学生がどれくらい成長したか、という観点から「教育の質」を評価する必要」があると反論している。
高等教育があるべき姿と、我が国の現状との間には、大きな隔たりもみられる。一方、大学がこれまで以上に多様化し、いまや、一括りにはできなくなっている実態は、多くの関係者が認識しているところだろう。両省は少なくとも「教育の質保証の必要性」という点では一致している。とにもかくにも、高等教育がすでに危機的な状況に陥っている現状であることは、強く意識しておきたい。
(佐藤 琢磨)
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