その中で印象的だったのが、ロンドン大学キングスカレッジのEMDP(Extended Medical Degree Programme)と呼ばれる拡大入学枠の試みです。これは、Widening Participation という理念のもと、社会的経済的に大学進学に不利な条件に育った学生の医学部(医師養成課程)への進学の機会を増やす事を目的として、基本的にロンドン市内の公立一般高校(non-selective state school)出身者のみが出願することが出来るという枠組みです。志願者には1年間のボランティアワークなどの他に一定の学業成績も求められますが、やはり通常の入学者よりも学力水準は低くなります。そこでこの入学枠で入学した学生は、医学部5年間の教育課程のうち、最初の2年分のカリキュラムは特別な指導も組み合わせて3年かけて履修し、学力を補う工夫がなされます。またこれらの学生は、入学枠の対象となる学校を訪問するアウトリーチ活動も行います。
ここ数年日本では、医師不足に対応するための医学部定員増が「地域枠」という形で図られて来ましたが、奨学金等のインセンティブが付く場合もあるものの地域への医師の定着が政策の主眼であり、進学格差是正という性格のものとは言えません。また、定員が増えた事による学生の学力低下も問題視されていますが、大学進学に不利な条件に置かれたり、従来とは違ったタイプの入学者を受け入れる事を積極的に目的に掲げ、不足する学力等については教育課程の年数を伸ばして補うという発想は、私自身も含めて殆ど無かったように思います。
ロンドン大学キングスカレッジのEMDPのような修業年数の延長を伴う特別入学枠を、もし日本の国公立大学の医学部で試みた場合、奨学金等の経済支援策を上乗せしなくとも、十分に注目を集めてインパクトのある施策になるでしょう。ただし、このような積極的な格差是正施策に馴染みが薄い我が国では、抵抗感が根強いと思われますし、同一の学科課程の定員の一部を年限延長して運用すると言うことも制度的に想定されていない事もあって、実現させるとなると相当な紆余曲折がありましょう。しかし、入試方法だけを変えて課題の解決を図ろうと考えるのではなく、もっと柔軟な発想で、高等教育の直面する課題に取り組むべきと思います。
(出光 直樹)

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