2022年05月06日

リーダーなんて、やるもんじゃぁないな

「捨てる神あれば拾う神あり」と言うべきか、「貧乏暇なし」と言うべきか。

 誰もやりたがらない仕事の1つに一段落ついてホッとしていたら、縁あって、某体育会系クラブの部長に就任する事になった。どうせお飾りだから…と何も考えずに部長就任を受託した途端、来るわ来るわ、色んな仕事が降ってくる。その中で一番の驚きは、試合に帯同するのも(観客席から)応援する程度だと思っていたら何故かベンチ入りメンバー。何故か円陣の中心に私がいる。スポーツ観戦自体は割とする方だが、プレイしたことなどない競技。そんな中で試合の前後に声掛けする。監督からは「試合にはそこまで来なくて良いから…」等と言われて安心していたのだが、(立場上というのもあるが)選手とてやはり学生。学生の傍で彼らの事を感じて痛い…そう思うようになって、ほぼ毎試合ベンチに入っている。

 プロスポーツでもそうだが、選手のプレイ面での責任者は監督・コーチ・トレイナーになるが、集団としての責任者は現場から少し離れた所に位置する人間が担当する。その方が組織としては上手く運営できるからである。それでつくづく思うのが、「リーダーはどんな人材が担うべきか?」という事である。学生の扱いと言う点においては私とて経験を通じて一家言は持っている。ただしそれは学生の学習面が主要領域であって、それ以外では皆目見当がつかない。それ以上に、運動をメインにした学生の面倒なんて見た事がない。サポート役なら何とかなりそうだが、部長である。クラブという組織の責任者の立場である。恐らくだが、何らかの意味でのリーダー的役割を私が担わなければならない訳だ。そこで上記文言が頭をもたげるのだ。

 私は比較的若いときからリーダー的役割を担う位置に立つことが多かった。そんな中で、私の中で割と納得できる結果を得た組織というのには共通点がある。それは私より有能な人材が私の傍にいたときである。そりゃそうだ、私は全能ではない。寧ろ苦手とする分野の方が多い。それでもリーダー的役割を全うできるのは周囲に優秀な人材がいるからに他ならない。それが自覚できているからだろう、周囲に対する尊敬の念は自然に湧くし、感謝の言葉も自然に出てくる。周囲に評価される成果が出たとしても私の手柄と喧伝する事はない。周囲の手柄なのだから。

 無論、私の経験を一般化するつもりは毛頭ないが、少なくとも一般的にイメージされる強力なリーダーシップやカリスマ性はリーダーの資質として相応しくないと個人的に思っている。「リーダーになりたい」という人がいるとしたら、「自分よりも賢い人間を傍に置け!」と伝えたい。そっちの方が風通しのいい組織ができるはずだ。

(中村 勝之)

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「魔改造」結果から学ぶもの

 4月から人事異動で新しい部署に勤務、対面授業も再開し、学生や教員が一気に動き出し怒涛の日々、FMICSの大先輩にサポートしてもらう中で見かけた記事(2022年4月21日読売新聞「アンテナ」戸部田誠氏)に思わず共感した。

 本来の用途を逸脱し、通常ではあり得ない改造をする「魔改造の夜」(NHK・BSプレミアム)、番組では「身の回りの家電やおもちゃのリミッターを外し、大人げないパワーのモンスターに改造する行為」と定義、それを日本トップの「T大学工学部」、下町工場「H野製作所」、自動車メーカー最大手「T車」といった超一流のエンジニアたちが競い合う内容と説明する。お題はトースターでいかに高くパンを跳ね上がらせるかを競う「トースター高飛び」、歩く犬のおもちゃのスピードを競う「ワンちゃん25メートル走」といった、いずれもバカバカしいもの。だが、エンジニアたちはどこまでも本気。プライドをかけ全身全霊で知識、発想、技術を注ぎ込む。

 ここからが本題、そのスピンオフ的な番組として今春からEテレで始まったのが「魔改造の夜 技術者養成学校」。「教官」の劇団ひとりの進行で、様々な技術者たちを講師に招き、番組で行われた競技の結果を基に、アイデアや技術、スキルを学ぶというもの。例えば「扇風機50メートル走」で優勝したベンチャー企業「Sライズ」のリーダーが講義したのは「技術とリーダーシップ」。会議で仕切るときはホワイトボードのペンは他人に渡さない、初日に目標を設定する、できることを信じさせるのがリーダー最大の役割―といった実践的な心得を伝えていく。

 失敗例の検証も行う。「赤ちゃん人形綱登り」の競技で、大本命と目されながら失敗した大手自動車メーカー「N産」のミスを題材にしたのは、「失敗」が死に直結してしまう宇宙飛行士の大西卓哉氏。「N産」のマシンは精密に作られながらも、安全に停止するために頭上につけたスイッチが作動するハプニングでゴール直前に止まってしまった。次の試技でもトラブルで動かなくなった。原因は、時間がない中、急きょ停止スイッチの位置を移動させ、配線が飛び出たためだった。「普段ではありえないミスが発生してしまうのが本番。常に緊急事態を想定した訓練を行わないといけない」と大西氏は説く。実際、宇宙飛行士の訓練では、7年にわたり失敗を想定した訓練を繰り返すとのこと。

 これらの講義内容は技術者のみならず、あらゆる「仕事」に通じるもの、そして「魔改造の夜」の裏で何が起きていたのかもよくわかり、番組の奥深い魅力がリミッターを外したようにあふれ出てくると戸部田氏。失敗は成功のもと!

(宮本 輝)

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2022年04月01日

新年度の訓示っぽく

 2022年度の始まりに当たり、今回は少々趣を変えて話してみようと思う。

 さぁ、2022年度が明けました。私は桃山学院大学経済学の中村と申します。ここでの皆様との出逢いを大切に日々邁進していこうと思います。本日は新年度に当たり訓示…ではありませんが、少々堅いご挨拶をさせて頂こうと思います。

 ここ数年、「VUCAの時代」などと呼ばれる様になりました。VUCAのVはVolatility、変動性・浮動性ですね。VUCAのUはUncertaintyで不確実性、CはComplexityで複雑性、最後のAはAmbiguityで曖昧さです。要は何がどう動いてどこに着地するのか、さっぱり予測できない時代になったと言う事でしょうか。こうした時代状況をどう生きていけばいいのか? この課題に対する教育部門の役割はこれまで以上に重責を担う事になるでしょう。

 とはいえ、「VUCAの時代」と言う、キャッチ―と感じる時代表現は教育現場にとって邪魔な概念になる可能性を含んでいます。「何が起こるか分からない」と言い出したら、いくらでも事象を挙げる事ができます。自分の周囲に大地震が襲う、車が突っ込んでくる、カラスに襲われる、絶世の美女・美男に告白される…、挙げたらきりがないと思います。「そんなん、起こる訳ね〜だろう」とお思いでしょうが、本当に起こらないんだったら、それを論理的に証明する必要があります。でないと安心できませんから。でも、一人の力であらゆる事象の実現する程度を明らかにする事なんて不可能ですから、あらゆる人と協力・分担して作業に取り掛かるはずです。で、全てを明らかにできたとします。が、それは少しの時間の経過で妥当性・頑健性が怪しくなってきます。VUCAなんですよね? 証明に際して採用した前提だってどうなるか分からないんですよね? そう考えると、せっかく苦労して確かめた事が瞬く間に役立たず…。ここまでイメージした時、人ってどんな振る舞いをすると思います? 答えは簡単、「何もしない」徒労に終わるのが分かってる事に対して膨大なエネルギーなんて注ぎませんよ、人間って。そう、人間って面等臭がりな存在なんですよね。つまり、「VUCAの時代を考えよう」と言う程、それを聞いた人の最適解は何もしない、考えないと言う事になってしまうんですね。これはまずそうですね。

 上の話、もっともらしいのですが、考えねばならない部分があります。先に挙げた事例、大地震、交通事故、野生動物の襲撃、告白。これらはどちらかと言うとアクシデントに近い。告白を除けば、これら事象は事前に予防策を講じる事はできる。でも、予防策を超えた所でやってくるのがアクシデントでしょうから、究極的な対応としては反射に近い訳です。変な話、考える暇があれば反射を鍛えようと、こんな話に着地してしまいそうです。

 もう1つの着地としてはこんなのがありそうです。起こりそうな事象を「…があるかも」とした時、何を考えれば良いのかと言うと「どうする」になります。これについては似た事象とその対応の経験をかき集めて総覧すれば割とレベルの高い答えに到達しそうです。この到達したもの、これがまさにマニュアルであり、教育実践としてはマニュアル作りに落とし込む事ができそうです。

 なるほど…と思われたかもしれません。片手落ちかな…とも感じられたかもしれません。ここまでの話は「…があるかも⇒どうする?」という図式で、VUCAがどこに関わるかと言えば「…があるかも」つまり前提の部分です。でも、我々の日常、そして教育現場において意外と多く直面するのが「こうする⇒どうなる?」という図式です。この場合、VUCAは「どうなる?」つまり結果の部分に関わります。そもそもの立脚が違いますから、ここまでの着地点の候補である反射やマニュアルでは話にならないのはもうお判りでしょう。じゃあ、どうすればいいのかという話になるんですが、そのアプローチや方法論がありそうでなかったり、なさそうで案外あったりします。何故かようにくどい言い回しになるのかと言えば、「どうなる?」のキャッチの仕方が人それぞれ違うからです。個々人で違うのはもちろんですが、世代間でも全然違うんですよ。ここを直視しないと「なんのこっちゃ?」で終わってしまい、これが折り重なれば学びから逃げる若者を大量生産してしまうかもしれません。

 これはあくまでも私なりの着地点ですが、「どうなる?」の処で関わってくるのが初等・中等教育での学習内容、高等教育での学習内容はもちろんの事、教育機関を中心にして若者が体験すること全てであると言う事です。こう言えば組織としてどうすべきかと議論が行きがちですが、無論、この辺は学校の対外アピールを中心にした重要事項であるのは間違いありませんが、あくまで若者が体験するのは先生と言う個人との関係性の中でしか実現できない事ばかりです。その意味で、皆さん一人一人が「どうなる?」をできるだけ沢山キャッチして、それを若者にどう伝えればいいか? ここを自分の中で明確にしておく事が肝要
ではないかと思うんです。

 何やら尻すぼみな話に行ってしまったようですが、ここはザ・大学教員クオリティと言う事でお許し頂ければと。以上、私からのご挨拶は以上でございます。有難うございます。

(中村 勝之)

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動かず、動かす

 2022年、消費は盛り上がるのか、どんなヒット商品に期待が集まっているのか。博報堂生活総合研究所がまとめた「生活者が選ぶ2022年ヒット予想」(2021年10月28日発表、1008人回答)を紹介する。2021年に世の中で注目されたと思われる商品やサービス、コンテンツなどを生活者に提示し、「2022年以降、話題になりそう/人々の生活に普及・浸透していそう」と思うかを調査。本レポートは、「そう思う」「ややそう思う」という予想の強弱を反映するよう結果をポイント化したランキングと、ヒット予想の理由を分析しまとめたものである。全体のランキングは、1位「フードデリバリーサービス」、2位「無人・非接触サービス」、3位「オンライン授業/学習」、4位「携帯電話新料金プラン」、5位「オンライン診療」、6位「副業」、7位「オンラインイベント」、7位「電気自動車(EV)」、7位「オフィス革新」、10位「SDGs」。

 “2022年ヒット予想” のキーワードは【動かず、動かす】。ヒット予想の上位をみると、【動かず (=小さな動き、効率的な働きかけで) 】、【動かす(=大きな充実や喜びを引き出す)】商品やサービスに生活者は注目しているとのこと。小さな動きで大きな喜びが得られるように活動する4つの【動かず、動かす】を紹介している。

@場所を動かず、満足を得る:1位は「フードデリバリーサービス」。また「オンライン授業/学習」(3位)、「オンライン診療」(5位)、 「オンラインイベント」(7位)などのオンラインサービス関連、「家飲み」(13位)、「eスポーツ」(19位)などもランクイン。家ナカの機能を充実させつつ、居ながらにして満足を引き出すことが注目されている。

A人や組織に合わせず、活動を広げる:「無人・非接触サービス」(セルフレジや無人店舗、ロボット給仕など)が2位。わずらわしさがなく効率的と評価。「副業」(6位)や「ソロ活」(17位)、「資産形成・資産運用」(23位)もランクイン。これらは、人や組織に合わせて動くのではなく、身軽に個人の力を発揮していこうとするもの。

B手間をかけず、楽しみを味わう:「冷凍食品・レトルト食品」が12位。利便性だけでなく、美味しさやバラエティ拡大など昨今の進化も評価され、期待が示されている。 「自動運転レベル3」(27位)もランクイン。こちらも技術進化が加速しており普及が予想されている。また、「国内旅行」が11位に入ったことについては、コロナ禍が仮に鎮静化しても、海外よりまずは手軽でリスクも低い国内からということでしょう。

C構えすぎず、社会に関わる:「電気自動車(EV)」が7位、また 「SDGs」(10位)、「LGBTQ」(13位)など社会的なテーマもランクイン。商品選択で普及を後押しする、情報発信で賛意を示す、できるところは協力するなど、ひとりひとりは身近な関わり方ながら、社会全体の改善への動きは注目されると生活者は捉えている。

 まもなく4月、【動かず、動かす】で学生さんを迎えます。

(宮本 輝)

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2022年03月02日

大学生の「満足度」はどこで把握する?

 経済理論を語る上で欠かせない基本概念である効用関数、これはある個人が消費する財の数量とそこから得られる「満足度」との対応関係を表したものである。基本概念であるが故、正確かつ深く理解するのは極めて難しいが、ザックリ言えば個人の財に対する好き・嫌いを表したものである。消費してみて少しでも気分が上がれば「好き」な財、少しでも気分が下がれば「嫌い」な財とに分けてみる。強制されない限り「嫌い」な財は消費したくないから、これは消費の選択肢から漏れなく外れる。残った財の中から選択するわけだが、「好き」と言ってもその程度にはグラデーションがある。とはいえ、「好き」な財は少なからず購買欲求があると考えるのが自然なので、経済理論では「好き」のグラデーションは真正面から扱わない(重要量の多寡に集約させるため)。

 人の活動は多岐に渡る。その中で消費行動に特化したのが効用関数なのであって、効用水準でその人の幸福度は表さない。そこで、効用では把握できない要素を含めて人の幸福度を測定する動きがちらほら見られる。その1つの実践例が環境評価である。所有権は主張できないが存在することで癒しになる環境。その保護にどの程度資源を投入するべきか、そこを判断する基準に幸福度が使用される。そこにはアンケートの回答を通じて数値したものが代理される。しかし、あまり脚光を浴びていない研究であると言う意味では、まだ発展途上の段階なのかもしれない。

 ここまでの話で納得してもらえたかどうか甚だ疑問だが、要は人の満足度・幸福度を客観的かつ正確に捕捉するのは極めて難しいと言う事である。我々の業界で悩ませているのが学生の「満足度調査」である。敢えて恥を晒すが、私の職場に在籍する学生の満足度調査の結果が他大学と比べて低い傾向にある。これを改善すべくあれこれと対策を講じているようだが、総じて学生の反応は薄い印象である。専門家が読んだら激怒しそうだが、アンケートを通じた満足度改善達成なんて質問項目を制御すればいくらでも可能である。無論、内実を無視すればの話だが。

 初等・中等・高等に関係なく、教育活動には2つの側面がある事に注意しなければならない。

 1つ目は「投資」の側面である。ある教育機関で得た技能が次の教育段階もしくは実社会で活用され、その成果はさらに先の段階でようやく客観化される。2つ目は「消費」の側面である。社会見学、運動会、文化祭、部活、クラブ・サークル、海外留学、アルバイトなどを通じて面白い体験をした、楽して単位認定してもらった、こうした事項に集約されるだろう。無論、これらにも投資的要素は多分に含まれるが、面白さという一瞬のテンション上昇にフォーカスされがちである。おそらくだが、教育機関でやっている満足度調査のほぼすべては教育の消費面を明らかにしたものに過ぎず、教育にとってより重要な投資的側面は満足度調査から漏れなく抜け落ちてしまうのではないか。

 若者達よ、君達の満足度の基準はどこにあるんだい? おじさんに教えてくれないかな。

(中村 勝之)

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ヤングのペヤング愛

 「ペヤングソースやきそば」の新商品「たこめし風」を手に取ると宮城県立志津川高等学校商業部とのコラボ商品。きっかけは、部活動として地域経済の研究などをしている「商業部」の生徒さん。熱烈なペヤングファンという顧問の教諭と約1年前に非公認組織「ペヤング研究会」を創設、放課後に集まり新商品を試食しては感想や意見を言い合っていたという。

 2021年8月「こんなペヤングが食べたい」「会社に送ってみよう」と盛り上がり、「ペヤングさんの商品が大好きで普段から食べています。食べてみたい商品を考えたので、高校生の意見として参考にしていただけたら幸いです」。そんなメッセージとともに60通りの商品案をA4判の紙4枚にまとめ、みんなで楽しそうにペヤングを食べる様子を収めた写真を添えて送った。

 それから10日後、「ペヤングソースやきそば」を製造する「まるか食品」(群馬県伊勢崎市)の丸橋社嘉一長から思わぬ内容のファクスが高校に届いた。感謝とともにつづられていたのが「ぜひ共同開発できれば」。さっそく、同社製品開発課の担当者とオンラインで打ち合わせを進め、10種類以上を試作し、部員の熱意に応えた。その後、(1)たこめし風 (2)わさび醤油味(3)宇治抹茶味 (4)沖縄ソーキそば味
(5)三陸海岸海鮮あんかけ (6)防災食用−の6種類に絞られ、うち2品の商品化が決まった。

 7日発売の「たこめし風」は、独自製法の「たこボール」を使い、町特産のタコを使ったたこ飯の味を再現した。考案した2年生は「かめばかむほどうま味が出るたこボールの食感がおいしい」と評価した。21日発売の「わさび醤油味」は、海産物が名産の地元でなじみ深い調味料を組み合わせ、具材にも茎ワサビを使った。提案者の1年生は「ツンとしたわさびにしょうゆ、刻みのりの組み合わせが何度でも食べたくなる」と喜ぶ。

 顧問の教諭は「高校生の意見に想像を上回る対応で付き合っていただき本当にありがたい」と感謝する。新商品は欠かさずに買うという筋金入りのペヤングファン。「挑戦を続ける素晴らしい企業。生徒も仕事に真剣に向き合う大切さを学んだと思う」。まるか食品にとっても高校とのコラボは初めてだった。担当者は「生徒の皆さんのペヤング愛と、東日本大震災の復興への思いに応えたかった」と話す。ともに税抜き205円。売上金の一部は地域貢献の一環で志津川高に寄付される。

 昔は高価だったカップ麺。若いカップルに2人で1つのものを仲良く食べてほしいという願いから、「ペア」と「ヤング」で「ペヤング」という名前になった。名前に込めたものがヤングのペヤング愛へ成長中!

(宮本 輝)

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2022年02月02日

分かる人しか分からない名言2選

 早速本題に入ろう。まずは1つ目。
「デザイン(形態)は機能に準じる」
 この名言の起源は諸説ある様だが、アメリカの建築家ルイス・ヘンリー・サリヴァンが語った事で有名で、ドイツの時計学校バウハウスでも語られていた様だ。ある製品においてデザインと機能を高次元でバランスさせる事は案外難しいものだ。機能を追求するほどにその(外装)デザインは類似する傾向にある。今各人の手にあるスマホと隣人のそれを見比べてみるといい。大きさや厚み、カバーはそれぞれ異なるが、中身はほぼ同じである。それはスマホに含まれる機能を具現するのにあの形が最適だからだ。類似した機能を持つ類似したデザインの2つの製品、我々がどっちを買うかと考えれば、結局「価格」の話になってくる。価格を基礎にするマーケットシェアの奪い合いは共倒れする可能性があるため、デザイン面での差別化を図ろうとする。ただ、デザインを重視する程に機能を犠牲にする可能性がある事に注意しなければならない。

 次に2つ目。
 「美は細部に宿る」
 この名言はドイツの建築家ミース・ファンデル・ローエが語ったものと言われている。この名言を理解するには装飾品をイメージすればいい。どれだけ繊細に作り込まれた装飾品を手に入れたとしても、それを身につける人とのバランスが悪ければお話にならない。なので、上質な装飾品を手に入れたいのであれば、身につける人自身の品格をその装飾品とバランスの取れるレベルにしなければならない。で、この品格なるものは実に些細な部分から表出するものである。ちょっとした気遣いの言葉、文房具の使い方、箸の上げ下げ、…。枚挙に暇ないが、大半の人が意識しない所にその真髄があるのは間違いない。

 上記2つの名言を確認できる局面がどこかと考えて思いついたのがプレゼンである。上手いと評されるプレゼンターを真似る事、プレゼンは今回の文脈だとデザインに置換できるし、デザインを真似る事自体は学ぶ上で重要な事である。だが、それで終わっている人が案外多い。なぜそれに気付けるかと言うと、中身がスカスカだから。中身は今の文脈だと機能に置換できるが、機能すなわちプレゼン内容が形態すなわちプレゼンデザインとバランスしていないのである。とはいえ、プレゼン大会等で概してプレゼンデザインのいいグループが入賞する実態を思えば、上記2明言を理解してもらうのは至難の業の様だ。

(中村 勝之)

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明治R1の受験生応援企画

 株式会社明治は、「明治プロビオヨーグルトR-1」において『悩める受験生の親の会』をテーマにした2022年受験応援企画を展開。これは2021年に展開した“受験生あるある”を始めとした受験生応援企画に続くもの。昨年の広告の一つ、渋谷駅前に掲げた屋外看板「墾田永年私財法」は情報番組の放映時に多く映り込み話題を集めたとのこと。

 今年は受験生ではなく、“受験生を陰から支える親”に着目。大学入学共通テストに合わせてツイッター上に集まった受験生の親の愛情あふれるメッセージをそのまま広告に活用。掲出場所は、都内最大級の試験会場である東京大学の最寄駅「南北線東大前駅」「京王井の頭線駒場東大前駅」と、試験会場に向かう「東京メトロ銀座線・丸ノ内線」。試験会場の最寄駅と路線には、受験生の親たちの愛情あふれる言葉が並んだ。「まあ気楽にやったらええけん」「忘れ物ないん?受験票もったん?」「今夜は焼肉よ」「母のパワーを全部送ります!」「お風呂沸いてるから入りや」「お母さんは応援しかできないけど、絶対に誰よりも応援してるよ。」「あれだけ努力してきたのだから大丈夫。あれだけ貴方ほど努力した人はいない。自信を持って。落ち着いて、集中。」「いつも通りやるだけや」「バンガレ」。

 今回、そんな親たちのエールを試験会場の最寄駅で展開した広告は、試験会場に向かう際(行き)と試験会場から帰る際(帰り)で見えるメッセージが変化する仕組みになっていた。南北線東大前駅の広告の一部には見る角度によって全く異なるデザインへ切り替わるベローズプリントを使用し、駒場東大駅前では階段広告を活用した。

 「受験本番に仕掛ける本広告では、”親御さんの溢れる愛情“を少しでも多く届け、表現するために、行きと帰りで見えるメッセージが変わる仕掛けを施しました。試験に挑む行きでは、『まあ気楽にやったらええけん』『緊張したらお母さんの一発ギャグを思い出して』『事前にトイレ行っとくんだよ!』『母のパワーを全部送ります!』『お父さんも今晩は飲みます』『とにかく全部埋めるように』『落ち着いてね!』などの緊張をほぐそうとする一言を。帰りには、『ほんと、よくがんばったね』『出し切ったか?』『お風呂沸いてるから入りや』『ギュッとしていい?』『今夜は焼肉よ』『あなたを誇りに思うよ』などの頑張りを労う一言を、受験に挑むわが子のことを常に気遣う姿勢、親御さんの包みこむような愛情を届けることで、受験生を応援しようと考えました」(クリエイティブディレクター 加我俊介氏)

 『悩める受験生の親の会』では、Twitter上で受け付けた悩みや質問に受験の有識者が回答するTwitter相談会や、受験生の親御さんの本音を明ら1かにするアンケート調査、受験生の親御さんの気持ちを吐露する新聞広告などを展開、見守っていきたい。

(宮本 輝)

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2021年12月08日

自動車の究極の安全装置

 今の自動車の性能は私が運転を始めた30年近く前と比べても格段と向上している。とは言え、
昨今は高齢者による自動車事故がクローズアップされている。思えば私が運転を始めた頃は、変速機構がMT(マニュアル・トランスミッション)からAT(オートマチック・トランスミッション)に切り替わり始めた時期で、ATの操作ミスによる事故がクローズアップされていた。この事を思えば、今の事故についても新機構が運転者の中で定着するまでの過渡段階と言えるかもしれない。

 自動車の性能向上は主にエンジン性能や制動性に関する物であるが、それ以外にも良く考えられて設計・製造されている。例えば、F1カーなどを真正面から見ると、タイヤがハの字に装着されているケースがある。これを「ネガティブ・キャンバー」と言って、コーナリング時に遠心力に対して車体をより踏ん張らせる目的で設定される。巷にはとんでもなくハの字にした車を見かける事があるが、これは単なるファッションであって車体及び財布に何1つ良い事はない。ところが、ノーマル車では整備のために車体をリフトアップしたときに、タイヤが逆ハの字になっているはずである。これを「ポジティブ・キャンバー」と言い、ネガティブ・キャンバーと逆で、コーナリング時に車体が踏ん張らない様にしている。

 もう1つの例としては、自動車を真上から見たとき、タイヤがハの字になっている場合がある。これを「トー・イン」と言って、ゼロヨンと言う400mの直線を全速力で走るレースで使用される車体でよく設定されている。コースにコーナーがないので、まっすぐ走る際の安定性を最優先に考え、トー・インに設定している。ところが、ノーマル車体の場合、トー・インだと交差点等で上手く車体を曲げられなくなる。そのため、ノーマル車体は逆ハの字、つまり「トー・アウト」に設定されている。とはいえ、トー・アウトの設定は高速走行時の直進安定性は損なわれる事になる。

 これ以外にも数多の設定がノーマル車体に施されているが、その共通した方向性の1つは「運転が怖い」と思わせる事である。因みに、ノーマル車の設定の別の方向性に静寂性があるが、度を過してこれを指向しない方がいい。車体の異変に関する情報は聴覚からしか入力されないからだ。話を元に戻すと、許容を越えた速度でコーナーに侵入すれば車体が外に吹っ飛んで事故を誘発しかねない。また、許容を越えた速度で高速を走ればハンドルがふらついて事故を誘発しかねない。これらはいずれも我々の五感に「怖い」という思いを抱かせる。それをして、我々は自動車を安全に運転しようと意識づけるのである。その意味において、自動車の安全運転の究極の装置、それが我々の五感なのである。

(中村 勝之)

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オモロイものをつくろうやないか

 日本経済新聞社は第70回日経広告賞(2021年)大賞に大日本除虫菊を決定。7月5日朝刊の全面広告には「インターネット広告とは大違い!」というフレーズの下に「いま、いいよね。一方通行の新聞広告」というコピーが大写し。さらにウェブ広告と比較して新聞広告が優れているとされる点を書き連ねてある。

【新聞広告は、あこぎなことしないから安心だよ!】
・「この広告を見て、この商品をかいたくなったかどうか教えろ」なんて言わないよ!
・「ポイントやるから個人情報よこせ」なんて言わないよ!
・この新聞広告、途中で見るのやめた人の数を数えたりしないよ!
・「この広告見たやろ、そしたらこの広告も見ろ」なんて言わないよ!
・「広告見て買ったな、そしたらもう一回買え」なんて言わないよ!
・あなたが、いつ、どこでこの広告見てるかなんて知らなくていいよ!
・この新聞広告を見た後、何をしてるか詮索なんてしないよ!
・「へぇ、こんな商品あるんだ。今度買ってみよう」・・・それだけで・・・十分だよ。

 そして同社の殺虫剤に関する情報を写真付きで掲載。企業ロゴを添え「これからも新聞広告と共に KINCHO」と紙媒体に寄り添う姿勢を示す。続いて紙面上のQRコードを読み込みウェブサイトに飛ぶと「デジタル時代のプレミアムキャンペーン!」の文字。デカデカと書かれた「DIGITAL KINCHO 4G(デジタルキンチョーフォー
ジー/4種のゴキブリ製品)」の文章が左右にせわしく動いている。画面をスクロールした先にあるのは東西南北を守る四神(ししん)、なぜかキンチョウ製品の写真が載った極彩色のイラスト。「デジタルお札」と銘打ち、SNS上でのシェア用・スマホの壁紙用など複数の画像データを用意している。
 極めつきはサイトのソース確認画面の仕掛け。ページを構成する文字列がおなじみの「KINCHO」表記とコーポレートシンボルである鶏の頭の形に並んでいる。ちなみにサイトのURLは、「internet/daisuki(インターネット大好き)」。広報担当者曰く今回はもうひとさじスパイス≠加え「大事なのは『広告なんて、誰も積極的に見ようとしていない」ということ。そんな広告に、新聞読者に目を通して頂くため、デザインを考えました」「これは、いわゆる『オチ』。『結局はウェブか!』と、目にした方々に突っ込んでもらえたらうれしい。ただそれだけです」新聞広告の一番下に「新聞はめくるだけでskip!」心憎いユーモア感覚!

(宮本 輝)

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