2019年10月03日

人は揺らぎをスルーできるか?

 無茶振りの天才、高橋先生のことだからまた代打を依頼するに違いない…。そう確信して、実際に代打指名が来る前にこの原稿を起こしている。

 前回の代打では、ケインズの景気循環論で重要な概念である企業家のアニマル・スピリットとVUCAを繋げて考察してみた。今回はその続きである。

 ケインズの議論は少し形を変えてハロッドに引き継がれる。彼の議論を簡単に説明できないが、イメージとしてこんな感じである。2つの基準となる成長率が定義される。1つは保証成長率。これは生産設備の完全稼働のもとで最大限実現できる成長率である。もう1つは自然成長率。これは労働者を完全利用したときに最大限実現できる成長率である。ここで重要なことは両者が一致するのは「偶然」でしかないことである。そして、実際の成長率はこれら2つの成長率の間を「揺らぎ」ながら推移していく(揺らぐ原因についてハロッドは詳細に検討していないが、ケインズが導入したアニマル・スピリットを含めていいだろう)。だが、揺らぐ先に待つ未来は資本主義社会の低迷である。この結論は「不安定性原理」とか「ハロッドの基本命題」などとよばれている。

 ハロッドは資本主義社会が本源的に不安定な属性を持っていることを示したが、これに真っ向から対立する議論が提示される。その人の名はソロー。経済成長論の礎を作った人物である。彼の議論も簡単に解説できないが、生産に投入される生産設備と労働が自在に調整されることで、ハロッドの定義した保証成長率と自然成長率が「必然」的に一致すること、そして実際の経済成長がそこに向かって収斂することを示した。強引にまとめると、ソローは資本主義社会が本源的に安定したシステムであり、そこにおける「揺らぎ」は一時的現象に過ぎない。少々揺らいでもゴールは見えているのだから気にすることはない、こんな話である。

 とかく人は「揺らぎ」に一喜一憂してしまう存在である。その一方で、人は今の揺らぎが長続きせずいずれ収まることも経験的に知っている。揺らぎを我慢できるのはその先のゴールが(ぼんやりでいいから)見えているから。ただ、今のVUCAとはゴールが見えない状況で生じている揺らぎでもある。先が見えなくて揺らいだ現状を人はどこまで我慢できるのか? その胆力が問われているのが今なのかもしれない。
(中村 勝之)

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僕の右手が宝物、のわけ

 認定NPO法人国境なき子どもたち(KnK)が開催する写真展「友情のレポーターとフィリピンの子どもたちの『宝探しの旅』」を紹介する記事を見かけさっそく行ってきた。

 KnKは1997年日本で設立された国際協力NGO、世界の子どもたちと「共に成長する」ことを理念に現在は7カ国(地域)で活動している。「友情のレポーター」は、日本在住の11歳から16歳までの子どもを対象にしたKnKの教育プロジェクト。二つの大きな使命があり、世界の国々で取材を行いながら日本と取材先の子どもたちが友情を育み共に成長すること、帰国後、見たこと、知ったことを日本の人々に広く伝え、日本で暮らす私たちにはどのようなことができるのかを考えること。子ども一人の力は小さくても人に伝えることで大きな力を生むことができる。1995年以来、13カ国に計66名のレポーターが派遣されている。

 前述の記事は「僕の右手が宝物、のわけ」(2019年9月10日毎日新聞・小国綾子記者)。今年の夏は女子高生と男子中学生が選ばれ、フィリピンの青少年鑑別所や路上で暮らす同世代の子どもたちを取材。フォトジャーナリストの安田菜津紀さんが同行し、写真ワークショップを行った。

 テーマは「自分たちの大切なもの」。カメラを手渡された女子高生や男子中学生、現地の子どもたちは市場や公園で自分なりの宝物を探して撮影した。「今はノロマでもいつか空を飛べる」とイモムシを撮った子。「人の成長に似てる」と石の割れ目から芽を出す植物を撮った子。被写体を大切に思う子どもたちの素直な心のうちが写真に透けて見える。「途上国の子ども」「ストリートチルドレン」というイメージの陰に隠れてしまいがちな一人一人の存在感が伝わってくる。

 日本の中高生2人が見つけた“宝物”、少しだけ紹介すると女子高生は現地の子どもたちの笑顔を撮った。仲良くなることで「助けてあげたい」ではなく「友だちになって応援したい」と気持ちが変わったという。そんな出会いこそが宝物だと。一方の男子中学生、自分の右手のひらを撮った。理由が胸を打つ。「たくさんの子どもたちと出会い握手し、手を握った。子どもたちの声が聞こえる、この右手が僕の宝物になった」。

 宝物を探す旅は、自分自身と出会う旅。写真を通じて他者と出会う旅でもある。ヘイトが飛び交い、国や民族の対立する時代に顔の見える関係を結び合うことは未来につながる“宝物”と小国記者。フォトジャーナリストの安田氏は、レポーター2人にとってもうこの国は「発展途上国」という曖昧なイメージの場所ではなく、大切な時間を共に過ごした、友達が暮らしている場所であるとエールを送る。
(宮本 輝)

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2019年09月04日

VUCA時代を問う

 高橋先生から「巻頭言の代打を!」と依頼されて、都合3回目の登場である。今回は私の本来の専門とする経済学の中から、『経済学の巨人』とよばれるイギリスの経済学者J.M.ケインズの話をしてみようと思う。

 ケインズの議論の中で後世に多大な影響を及ぼしたものは数多くあるが、個人的に好きな話が彼の景気循環論である。投資家として一財を成したケインズらしく、彼の議論の根幹にあるのは人々、とりわけ企業家(当時は資本家)の心理である。なお、ここでの企業家は会社の社長をイメージしてもらいたい。

 企業家は組織としての企業を維持・発展させるための最終決定者、すなわち、その決定が企業の行く末を(嫌が上でも)左右できる存在である。今の企業家であれば、大失敗を避けるべく部下たちに事業が成功するための証拠を求めるだろう。いわゆるデータの提示であり、それに基づく判断はまさに「サイエンス」である。

 ここで、サイエンスに基づく証拠からみて甲乙つけがたい事業が2つあるが、事情により1つしか選べないものとする。このとき、企業家はどの事業を選ぶのか? その判断基準をケインズは「アニマルスピリット」(意訳すれば「血の気の多さ」)、FMICSの流行語(?)では美意識に求めた。自分の責任においてどこまでリスクを引き受けられるのか? そうした基準ではなく、どちらの事業が企業として美しいのか? ケインズは景気循環の要因を究極的に企業家の美意識に求めたと言ってもいい。巷で流行っている経営者に対する美意識の涵養という議論は、半世紀以上前の経済理論の中にも見受けられるのである。

 無論、美意識を持つ企業家が常に現状を打破できる訳ではなく、置かれた状況や雰囲気で美意識自体が揺らぐ。だから、実はビッグチャンスがあるにもかかわらず見逃す企業家もいれば、八方塞がりで出口が見出し難い状況であっても光明を見出す企業家もいる。森羅万象から法則性を見出すのが学問の本筋であるとすれば、ケインズのアニマルスピリットに基づく景気循環論は概念としては大いに納得する部分はあれども、それを法則性、すなわちサイエンスとして昇華できなかったという意味で悲劇の議論だったと言える。

 ではなぜケインズの議論が発展することがなかったのか? 1つ考えらえる要因が、ある行動がどういう結果をもたらすのか? 有り得る結果の全てを列挙することは勿論のこと、各結果が生じる確からしさの有りよう(≒確率分布)を記述するのも本源的に不可能な状況を想定していたからである。有り得る結果もその確率分布も仮定できない世界は本来サイエンスで語ることができないのである。

 VUCAの時代とは本源的にサイエンスで語れない時代でもある。サイエンスの塊であるAIに解を求めたところで無駄である。幅を利かせているようで明快な解を何1つ提示できないサイエンス。研究者には受難の時代でもあり、何でもありの時代ともいえる。そんな中で美意識なりアニマルスピリットをいかに磨き続けるか? その1つの場所としてFMICSがあり続けて欲しいと願ってやまない今日この頃である。

(中村 勝之)

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寺に危機感あるか?

 毎年夏のお盆の時期の帰省ラッシュ、夏の風物詩といえるニュースを見ながら終活の取材を続ける滝野隆浩記者(毎日新聞)が全日本仏教会「仏教に関する実態把握調査」についての報告を取材した記事(毎日新聞2019年7月26日朝刊『掃苔記』より)を興味深く読んだ。東京・築地本願寺にて開催、全国7万5000カ寺の総元締めの組織は2年前に仏教文化の認知度について調査、今回は2回目、「寺との距離と仏教への距離感の関連性」などを調べたという。

 サンプル数は「一般」「仏教信者」合わせて7412、地方から首都圏に出てきた人などを想定、菩提(ぼだい)寺が遠くにあると仏教への理解や信仰心は低くなりがち、行くのに2時間以上かかると満足度も低下していくという結果が出たそうだ。

 調査結果の項目で滝野記者が一番気になったのは「今後の菩提寺との付き合い方」の項目。一般の人に複数回答で聞くと、「現在と変わらず良い関係」35.8%、「これからは付き合いは減少する」51.4%、さらに「近い将来全くご縁がなくなる」36.8%で、3人に1人は絶縁を予想している。もちろん、信者の方は「変わらず良い関係」「付き合いを深めたい」が7割を超すが、一方で4割は「付き合いは減少する」とも答えているとのこと。また一般の人の半数は、自分の葬儀は「仏教式の葬儀にこだわらない」と考え、一般・信者に関係なく2割近くがお墓の引っ越し(改葬)を希望したりすでに実施したりしている。

 お寺にとっては厳しいデータ、これが現代人のふつうの感覚だが寺側の危機感が感じられないと滝野記者。マメに接触しなければ気持ちは離れるとわかっているのに「電話番号やメールアドレスの集め方などはわからない」と嘆く住職が多いと言う。ネットで葬儀を手配した首都圏の信者に理由を聞いたら「寺や宗派の連絡先がわからなかったから」がなんと4割以上いたらしい。

 9月は秋学期スタート、“ふつうの感覚”で“危機感”から目をそらさず、成長した学生を迎えたい。
(宮本 輝)

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2019年07月23日

本物に触れる

 先日、茶道部に所属するゼミ生たちが学外茶会をやるということで、某神社境内の茶室に行ってきた。彼らの影響で最近茶道に興味を持ち始め、さまざまな形で作動に触れる機会を多く作ってきた。そこで実感するのは、表題のごとく『本物に触れる』ことの重要性である。

 たとえば掛軸。素人から見ればミミズのはったような文字のような墨の羅列でしかないが、書いた人がどんな立場の人で、どういう文章を書いているのか? これを読み解くことができれば、この茶席で演出したい空間の意図の一端が見える。たとえば花入れに生けられた花。これを見れば忘れがちな季節の機微が見える。たとえば茶碗。どこの窯で焼かれたのか? 作家は誰か? 絵付けのバランス等はどうか? 言い出したらきりがないくらいのバリエーションがある。しかし、手に茶碗を包んだ時の触感、茶碗を通して伝わるお茶の熱、本物であればその造形はもちろんのこと、手にしたときにビンビン伝わるものがある。そして肝心のお茶。味や香りはもちろんのこと、点てたときの抹茶色の加減も大事な要素である。この辺りは空間に配置された道具というより、手前する人、半東さん、正客さん、次客さん、こうした人々の些細な心遣いによるところが大きい。

 その意味で、茶道とはトータルな意味での【空間芸術】なのだということが分かる。仮に道具立ての組み合わせを同一にしたとしても、そこに集う人々、その日の天候で完成される空間の印象はまるで違う。だからこそ、その一瞬一瞬の出会いを大事にしよう、一瞬が終わってもそこで気を抜かずに次の一瞬へ思いを馳せよう。「一期一会」と「余情残心」の境地は日常の中で感じることは極めて難しいが、茶席に参加すればその一端でも感じることができるはずだ。

 一期一会と余情残心の境地の一端を日常で感じることができるか? それを定期試験監督で実験してみようと思う。

(中村 勝之)

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産婦人科スマホで相談

 7月後半は大学の定期試験期間、梅雨から夏へ季節の変わり目でもあり、学生さんも体調管理が難しい時期。2019年7月18日(木)毎日新聞「くらしナビ医療・健康」では「産婦人科スマホで相談」(荒木涼子記者)が掲載、遠隔健康医療相談サービス「産婦人科オンライン」全国初の取組みとして新渡戸文化短期大学(東京都中野区)の学生にサービス提供開始を紹介していた。

 スマートフォンや電話を使って産婦人科医に相談する学生に向けた初めてのサービス。「内診は恥ずかしい」「妊娠したのかと誤解されたくない」など産婦人科医の診察を受けることに抵抗感のある学生が少なくない。生理痛一つを取っても子宮内膜症など隠れた病気が悪化するサインかもしれず、専門家は手遅れにならないよう早期の受診を訴えているとのこと。

 産婦人科医の重見大介医師は「『産婦人科は妊娠したら行くところ』というイメージがあるが、そんなことはありません」。と強調する。女性ホルモンの変動で、女性は体や精神に大きな影響を受ける。そこで、重見医師は無料通信アプリ「LINE」を通じた相談窓口『産婦人科オンライン』を開設。今年度から学校法人新渡戸文化学園が学校法人として初導入。「適切な情報がなく、世間の視線や偏見で受診が遅れ、症状が悪化したり、将来に悪影響が起きたりする前に受診につなげたい」と語る。

 オンライン相談では、月経に関するトラブルや相談、おなかや腰の痛みなどの一般的な対処法を伝え、受診が必要だと判断した場合は産婦人科の受診を勧める。運営するキッズ・パブリック社(東京都千代田区)と連携する自治体の住民や企業の社員が対象だったが、今年度から高校生・大学生向けにも拡大。ただし、遠隔医療相談サービスであり、医療行為ではないため、診断や薬の処方はしていないとのこと。

 同学園は、これまでも保健室担当の看護スタッフが女子学生の相談を受けてきた。提携を決めたことについて、平岩国泰理事長は「性にまつわることだと周囲の目を気にしがちだが、第三者の機関を介せば気軽に相談できるはず」と期待する。

 新サービスは、LINEのチャットや通話機能を使って、現役の産婦人科医に何度でも無料で約10分間相談できる。予約制で、相談内容は学園にも、学生の保護者にも明かされない。看護スタッフは「お金のない学生にとって、専門の医師に相談できるのはかなりありがたい」と話す。新渡戸文化学園と産婦人科オンラインは、提携を通じ「女性が主体的に健康管理をする初めの一歩をサポートできる場」の構築を目指すとしている。

(宮本 輝)

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2019年07月09日

「大局観」の寄せ鍋、ご堪能あれ!

 第35回FMICSシンポジウムに先立ち、私は以下メッセージを発信した。箇条書きにするとこんな感じである。
  • AI(人工知能)のキモは元データ収集のためのセンサーの精度と、演算のためのプログラミングにある。
  • 上の話を人に当てはめると、そのキモは五感を磨くことである。
  • 人の五感は(さまざまな原因で付着した)汚れを拭き取ることで復元でき、少し顔を上げるだけで膨大な情報が入ってくる。そこから大局観のきっかけが掴める。

 大局観という言葉はその字義は明快であっても曖昧な捉え方をしがちなゆえ、変な話、言葉遊びに終わってしまう恐れがある。人を突き動かそうと意図された言葉は実際の行動に変換することで初めてその意味内容が実感レベルで認知される。言葉を行動に結び付けること、そういう思いを込めて発信したのが上記メッセージであった。

 しかし、いざ始まってみると、私のわずかな思いなど瞬く間に吹き飛んでしまった。それぞれの立場で行動していることを語り、行動から集約したエッセンスを語り、刺激を受けた仲間たちがワチャワチャ語り合う。大局観はどこに消えた!? と思わんばかりの展開であった。あの会場の雰囲気、一言で表現すれば『寄せ鍋』に舌鼓を打っているかのようである。

 会場で出会った全員が同じ職場で勤めていたらどれだけドキドキ・ワクワクして仕事ができるんだろう…。そう思いながらも、別な考えも頭をもたげる。どんな環境でも、それが持続すると「アグレッシブに動く」人と「様子見」な人、「無関心」な人にその役割が分離していく。しかも、人の組み合わせ方でも大きく様子が変わる。アグレッシブに動く人から見れば他の人たちの動きが緩慢に映り、腹を立てることがあるかもしれない。「人の努力の『いいとこ取り』だけしやがって!」と感じるかもしれない。逆に、様子見な人から見れば、アグレッシブな人が暑苦しくて仕方ないかもしれない。集団で生活するわれわれにあって、環境に合わせて役割が自然に分化するのは特性上仕方ない。だが、そこに対する判断の違いによってトラブルが発生してしまうのかもしれない。

 とはいえ、かように厄介な存在を今後も続けていくしかないし、それがわれわれの使命でもある。そして、その中途中途で寄せ鍋を堪能する。これが生活の醍醐味なのかもしれない。

(中村 勝之)

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オープンイノベーションなぜ空回り

 今年も後半戦がスタート!日本経済新聞にて「オープンイノベーションなぜ空回り」(2019年6月30日渋谷編集委員)、政府の知的財産戦略本部で大企業がベンチャー企業と組んで革新に挑む「オープンイノベーション(OI)」が苦戦している現状を報告書にまとめたという記事があった。担当者、経営者、既存組織の意識に問題があり失敗するケースが多く、関係各者のマインドを企業が診断するリストも記し、意識転換を促している。

 OIは大企業が新市場を生み出すためにベンチャーに出資したり共同事業を行ったりする手法、米ゼネラル・エレクトリック(GE)が外の技術者と次世代機器を開発したり、韓国サムスン電子が社員と外部者の5〜6人でチームを編成して新製品を生み出したりするなどの成果を挙げた。日本でも2017年ごろから活発だが空回りが多いとの指摘あり。4月にはパナソニックや大和ハウス工業などが出資した家電ベンチャー、セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズ(東京・港)が経営破綻。パナソニックは18年にセブン・ドリーマーズに派遣する技術者を増やしていた。一方で管理部門には「そう簡単にうまくいかない」などと冷めた声もあったとされる。

 知財本部が6月下旬にまとめた報告書「ワタシから始めるオープンイノベーション」は、日本のOIの現状を分析し「日本においてもOIが重要との認識は向上し、具体的な取り組みもみられる」ものの、「社会にインパクトを与える実例が少ない」と指摘。日本のOIが振るわない背景として目的が不明確なままOIに着手しがちだと分析。@担当者は上司の指示や他社も成功など外的要因で取り組むA経営者は担当者任せB既存組織はOIに対して冷淡または反発―という意識が目立つとのこと。

 担当者は「なぜ私がOIをやるのか」という内的な動機が薄いまま「どのようにやるか」という方法論に走る。その結果、形を整えることにエネルギーを使い、大きな変革につながらない「エセOI」に陥る例が多く、「やらされ型」「目先の利益型」「ポエム型」「クローズ型」「インバウンド型」「マウンティング型」「供給者目線型」「八方美人型」に類型。

 報告書は「方法論よりまずは担当者、経営者、既存組織のマインドが重要」と指摘。企業がOIを進めようとする際に各関係者の意思や組織の風土をチェックする約200項目に及ぶ診断リストを提示。例えば担当者には「実現が困難でも大きな目的を達成したい」など約50の項目を設け、OIを進められる「とがった人」か情熱があるかなどを問う。経営者には担当者を支援し、自社事業と競合するような事業の開発を否定しないといった姿勢があるかを確認する。既存の事業部門や管理部門の意識も大きな壁となる。チェック項目では、事業部門に「チャレンジする個人の芽を育てる」風土があるか、人事部門に「既存事業と異なる評価軸を設ける」、知財部門に「自社の知財を開放し、新たな価値創造を円滑にする」などの意識があるかも問う。報告書のとりまとめに関わった渡部俊也・東大教授は「理想なのは、OI志向のマインドをもつ担当者と経営者がスキルや知識の高いチームを動かすこと。経営者は既存組織への配慮などで思い通りに動けない面もある」と話す。

 報告書の序「(1)宇宙人から、Who Are Youと問われたら」にいきなり面食らうが、おわりに「2119年とある大学の「産業史原論」ゼミの議論を覗いてみたら」とあり、診断リストと合わせて活用してみたい。

(宮本 輝)

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2019年06月05日

シンポジウムのテーマを考えるために

 時代の変化は、私たちが思う以上に大きなうねりとなっています。「MOOC革命で日本の大学は半数が消滅する」と言われていました。わが国のように、学校歴こそが命という発想は、世界的には非主流です。MOOCのプラットフオームに「ユダシティ」があります。これまでの就活戦略がドラスティックに変わることになります。学習履歴(学位歴)の次は、修了証や資格認定で対応する、ナノ・ディグリーを重視する方向に向かっていくのではないでしょうか。世界では当たり前のスタンダートが、わが国の大学を襲うことになります。

 VUCA(ブーカ):Volatility=不安定、Uncertainty=不確実、Complexity=複雑、Ambiguity=曖昧、は大学界にも吹き荒れることになります。近視眼的・表層的に時代を観て、爪先立ったアクションをすれば足元をすくわれます。社会の転換期を迎える中で、各大学・短期大学が社会との契約を根本から見直し、結び直すタイミングにきていると感じます。あたらしい時代は、学生には、AI時代を意識した、美意識のある「可愛がられる力」や「教わる力」を高める教育、「必要な情報を編集する情報編集力」やAIを活用するために必要となる「課題設定力」を求めます。リベラル・アーツ分野や観察力をいかに身につけるかを本気で考えて、カリキュラムを変えることができる大学・短期大学しか残らないのではないかと思います。

 この時代の要求は、私たち大学人にとっても、変わるための努力に他なりません。法改正や規制で大学淘汰の政策誘導も図られる中で、財界が求めるエリート以外を育成するほとんどの大学・短期大学で、この転換について真剣に戦略事項として叩いているのでしょうか。変わることに対して覚悟と勇気が今こそ必要です。大学人一人ひとりが大局観を持ち、原理原則を大切にして、周りに惑わされず信念を持って生き抜かねばなりません。大学が持てる全ての資源を束ねることなく、「私は頑張っています」をいくら束ねても、この時代の波を乗り切ることはできません。

 教員と職員の優位性を問うことがいかに馬鹿げていることか。「学生教員職員三輪車論」を肝に銘じます。打上げ花火的な派手なアクションではなく、学生が着実に活動してきたことを学生とともに整理するきめ細かいサポートを地道に積み上げていくことに注力します。学生の可能性を引き出す役割分担こそが求められているのです。

 らしくしてぶるべからず、「時代を少しでも動かすために、堂々と変わり続けること」を FMICS の今年のモットーにします。時代に先回り。皆さまには、この1年間がワクワクドキドキハッピー×ハッピーに充実したものになりますことをお祈りいたします。

(高橋 真義)

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入試で「死」を考える

 1990年に始まった「大学入試センター試験」は、2020年1月の実施を最後に廃止され、2021年1月からは「大学入学共通テスト」(新テスト)が実施される。取り上げられる機会も多くなる中、2019年5月31日(金)毎日新聞「滝野隆浩の掃苔記」より『入試で「死」を考える』という記事に目が留まった。

 滝野氏が昨夏に出版した「これからの『葬儀』の話をしよう」(毎日新聞出版)が今春の江戸川学園取手中・高等学校(茨城県取手市)の入試に使用、葬儀や墓、そして死生観の変容についての本である。例えば平成期、散骨や樹木葬まで墓の代わりに認められるようになった実情など5000文字以上ある。驚いたのはそのテーマ、最後はこんな設問。〈問10「散骨ブーム」が広まった経緯を100文字以内でまとめなさい。解答には「イエ(家)制度」「自然葬」「法」の3語を入れること〉。

 滝野氏は出題した先生に会いに行き、中高一貫校と聞いてまさかと思って確認したら、なんと中学入試、この問題文に小学6年生が取り組んだ。あっけにとられながら先生に入試や国語教育のことを聞いた。今の子たちは「友情」とか「夢」とかに関する出題をしても、ほぼ完璧に答える。だからあえて「簡単には答えられない」テーマにしたかった。そうすればその子自身の考えを引き出せるし、これから先もっと知りたいと思うかもしれない。さらに先生によると国語の教科書に載る「死」をテーマにした作品は、井上ひさしさんの「握手」くらいだとか。「ナイン」という短編集(講談社文庫)に収録、児童養護施設にいたことのある「わたし」が園長だったカナダ人の修道士との対話を思い出していくストーリー。戦争中のつらい話や「先生、死ぬのは怖くありませんか」と問う場面も。修道士は亡くなり、葬儀に参列した「わたし」の思いを問う問題がテストで出たら・・・滝野氏は「小学生の私はたぶん100文字どころか言葉にできなかったろう」。これまで続いてきた人の死にまつわる儀式やしきたりが今の時代に合わなくなってきた。みんな気づいてはいるけど、どうしたらいいのかわからない。そうしたことを文章を読んだ子供たちがいつかちょっとでも思い出してくれたら嬉しいと滝野氏は結ぶ。

 関連して2019年5月25日(土)毎日新聞「土記」にて青野由利専門編集委員による『人体をコンポストに』という記事を紹介したい。墓じまい、無縁墓、合葬墓、散骨、お墓のあり方の変化を示す言葉をよく見聞きする。そうした変化は日本に特有の問題かと思っていたら、あっと驚くニュースを欧米メディアが伝えていたと青野氏。米ワシントン州が全米で初めて「遺体をコンポスト(堆肥)にすること」を合法化し、知事が法律に署名、施行は来年5月。米国では通常、遺体を保存処理してひつぎに入れて埋葬するか、火葬にするかのいずれか。コンポスト化はそのどちらでもない第3の方法として登場。提唱者として紹介されているのは、シアトルで「リコンポーズ」という会社を設立したカトリーナ・スペードさん。自然のプロセスを利用して体を土に返すこと、短期間で微生物に分解してもらおうというアイデア。では日本だったら?青野氏がスペードさんにメールで尋ねると「日本の文化にもふさわしいのでは?もちろん、人々の感じ方次第だけど」。宗教や文化だけでなく、科学や環境の視点からもお墓を考える。そんなきっかけになるかもしれないと青野氏。今回「簡単には答えられない」テーマと向き合った小学生に未来の大学受験で再度同じテーマを問いたいと思った。

(宮本 輝)

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