2020年01月09日

VUCAは今に始まった話ではない

 その因果関係は不明だが、僅かなきっかけでシステムが大きく揺らぐ浮動性(Volatility)、ある行為がどういう結果をもたらすのかが見当もつかない不確実性(Uncertainty)、システムが細かくなり過ぎる事から生じる複雑性(Complexity)、そして事象の境界がぼやける曖昧性(Ambiguity)がある状況では、先を見通すのが極めて困難になると言われている。俗にいうVUCAである。近年ビジネスシーンを中心に持ち出される言葉で、FMICSの研究会でもしばしば聞かれる。最近の言葉だから急に出てきたと思われがちだが、少なくとも経済学的観点からはVUCA状況自体はもっと昔から生じていた。

 1960年代における経済学の重要なトピックの1つはインフレ予想についての考え方だった(前号参照)。その1つの理由が為替制度の安定にあった。当時の為替制度はドルを対外経済取引の基軸通貨として、それと金の価値を固定的に結び付ける「金本位制」(大量の金をアメリカが持っていることが前提)と、そのドルを他の通貨との交換比率を固定する「固定相場制」を基本としていた。

 だが、60年代から制度の揺らぎが出てきていた。ヨーロッパ諸国や日本において戦後復興で急速に経済力をつけていく中、ドルを放出して金を保有しようとする動きが見られるようになった。これはアメリカから金が流出することを意味し、金本位制の根幹が崩壊しかねない状況となった。これに歯止めが効かず、ついに1971年8月、アメリカ大統領R.M.ニクソンはドルと金の交換(兌換)を一時停止すると発表した。いわゆる「ニクソン・ショック」である。その後、金本位制維持のために様々な協議がなされたが、1973年には先進国が変動相場制に移行する形で金本位制は有名無実化(1978年に先進国を対象に完全廃止)した。

 この動きは2つのことを意味する。1つ目は各国においてインフレの制御を国内事情に集中できるようになったこと。先述の通り、国内事情でインフレ率の上昇が気になっていたとしても、たとえば周辺国がそれ以上のインフレが加速しているのであれば、それに合わせて国内のインフレを放任する政策決定をせざるを得なかった。それが変動相場制によって周辺国の動きと国内のインフレが切り離されたため、国内事情に注視すればいいことになった。2つ目は国際協調を通じて為替レートを安定させていたものを放棄したこと。だが、このことによって為替市場の思惑次第でレートが大きく変動する余地が生まれ、それが国内の経済状況を一変させる可能性が出てくる。

 その意味で、今のVUCA状況は1970年代初頭から始まったと言えるかもしれない。

(中村 勝之)

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逆境にあっても前向きに生きる

 新年明けましておめでとうございます。昨年末の締めくくりは「このごろ通信」(2019年12月23日(月)毎日新聞夕刊)の人生の先達の伝言。北九州を拠点に活動する「生笑(いきわら)一座」、ホームレスのおっちゃんらが全国の学校に出前授業をして回っている。授業は、空き缶拾い歴十数年の達人にアルミ缶とスチール缶を一瞬で見分ける凄技を教えてもらい、最後は子どもたちとおっちゃんどちらが時間内に多くの空き缶を当てることができるか真剣勝負。凄腕といいながらもあっさりと子どもに負けてしまうおっちゃん。1日200キロの空き缶を拾えば3000円になるとのこと。

 おっちゃんたちは、子どもが知らない話も教えてくれる。「中国でオリンピックが開催されるとアルミの価格が高騰し、おっちゃんの稼ぎは上がるけど、逆にリーマン・ショックが発生すると、その価格は暴落し、いくつ空き缶を拾っても生活できなくなる。海の向こうの出来事が、おっちゃんたちの生活に影響しているんだよ」。

 なぜ彼らは授業をするのか。日本では子どもの死因のトップが「自死」、いじめや人間関係が要因だと言われている。生笑一座のメンバーは全員、一度は「死にたい」と自死を選ぼうとした経験がある。メンバーの一人は子どもたちに訴える。「路上で生活している間、ずっと自業自得だと思っていました。頑張れないのは自分のせいだと、自分で自分を責めてばかりいました。けれども、今はあの時、死なないでよかったと本当に思っています。生きていさえすれば、いつか笑える日が絶対にくる。それが人生なんです」。

 今や小学生の子どもでさえ自己責任という言葉を使う時代。おっちゃんは子どもたちに、つらいことがあったら誰でもいいから助けてと声をあげてと教える。彼ら自身が、誰かに助けてと言えた日が助かった日だったという経験をしているから。元ホームレス一座の命の授業は、人間は一人では生きてはいけないことを知っている人生の先達から次世代への伝言である。

 そして新年の幕開けは株式会社そごう・西武の正月広告「さ、ひっくり返そう。」。炎鵬関を起用した11行のメッセージ、そのまま読むとネガティブな文章、下から1行ずつ読むと正反対の意味になる。「大逆転は、起こりうる。わたしは、その言葉を信じない。どうせ奇跡なんて起こらない。それでも人々は無責任に言うだろう。小さな者でも大きな相手に立ち向かえ。誰とも違う発想や工夫を駆使して闘え。今こそ自分を貫くときだ。しかし、そんな考え方は馬鹿げている。勝ち目のない勝負はあきらめるのが賢明だ。わたしはただ、為す術もなく押し込まれる。土俵際、もはや絶体絶命。」2020年度大学入試センター試験まであと少し、逆転劇が始まる!

(宮本 輝)

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2019年12月10日

人の合理的行動がシステムを崩壊させる?

 FMICS10月例会は台風接近による日程変更で参加できなかった。それを理由に「裏」巻頭言の執筆を放置していたのだが、高橋先生から漏れなくお叱りを受けた。その罪滅ぼしではないが、今回もこの原稿をコッソリ書き始めている。

 資本主義システムは本源的に不安定なのか、それとも安定なのか? これまでR.F.ハロッドとR.M.ソローの議論を紹介した。これについては(あくまで理論上の話だが)ソローの主張に軍配が上がり、一応の決着を見た。ただ、この議論が展開されたのは1950年代、日本で復興需要に沸き立っていたのと同様の動きが世界各地に広がっていた時期である。力強く拡張する経済システムを眼前にして、内在する不安定要因に目が向かなかったという事情もあったかもしれない。

 そんな中、1960年代になると議論の中心が経済システムの成長・変動からインフレに移行する。これは各国のインフレ率が高めで推移していた事情もあるが、インフレを放置すれば金を軸にした固定相場制度が崩壊する恐れがあった事情もある。この議論の中心は、人々が将来のインフレ率をどのように考え、それにもとづき現在どんな行動をとるのかという点にあった。いわゆる「インフレ予想」の話である。

 その際、3つのインフレ予想の考え方が提示されたが、その主要なものが「合理的期待」である。これは現在入手可能な将来にかかわるあらゆる情報を集め、結果としてインフレ率がどのようになるかを計算し、それと現在のインフレ率を比較して行動を決める。的確な例を挙げるのは少々難しいが、ここで想定される人間像はアクティブラーニングで理想とされるそれである。インフレ予想というテーマについて必要な情報を子どもたちに集めさせ計算させる。教師はそれを支援する。実に美しいアクティブラーニングの姿がそこにある。

 しかし、厄介な問題が出現する。それは、人々が合理的期待にもとづいてインフレ予測を行い、それを踏まえて現在の行動を選択すると、実現するインフレ率が無限大にまで行ってしまうのである。これを「発散」という。人々がスマート(ここでいう合理的期待)に行動すれば穏やかな結果が実現しそうだが、あらぬ方向に行ってしまう。無論、際限なく上昇する価格をシステム全体が吸収できれば問題ないが、それが未来永劫まで持続可能か? なかなか悩ましい帰結である。

 SDGsなる合理的目標に向かって進むほど経済システムが崩壊するという、最悪の結果が招来しないことを祈るばかりである。
(中村 勝之)

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スマート農業 消費行動に鍵

 今年は、冬の訪れを知らせる「木枯らし1号」が東京では11月30日まで吹かず、昨年に引き続き「発生せず」となった。2年連続で吹かなかったのは気象庁が1951年に記録を取り始めて以来初めてとなる。

 気象庁は例年、東京と近畿で木枯らし1号を判定。東京の場合は10月半ば〜11月末に西高東低の冬型の気圧配置となり、北の丸公園(千代田区)の観測点で最大風速8メートル以上の季節風が吹くなどの条件を基に判断するとのこと。今秋は、偏西風の影響などで全般的に暖かい日が続いた。近畿は、冬型が強まった日もあり11月4日に木枯らし1号が吹いたとされたが、東京では風速などの条件を満たさなかった。 

 今回は農業ジャーナリスト青山浩子氏の記事「スマート農業 消費者行動に鍵」(毎日新聞2019年12月4日(水)「経済観測」より)を紹介する。労働力不足を解消する手段として注目されるスマート農業だが、生産現場に定着するかどうか消費者も無関係ではないとのこと。

 岩手県で各種露地野菜を作るある農家は「生産工程全体でスマート農業が実現すれば省力化できるが、まだ工程の一部にとどまっている」と話す。キャベツの場合、労力が必要な収穫の機械化が開発途上にある。開発中の収穫機を実証的に使ったところ、ロスが5〜7%発生したという。生育過程で地面に対し斜めに育つキャベツがある。機械がそれを認知せず地面と平行に収穫すると、斜めのまま切断されてキャベツ本体が一部傷つき、商品価値が落ちやすいからだという。

 愛知県のキャベツ農家も「収穫機は使わない」と答えた。同じ畑に同じ時期に植えたキャベツでも個体差があり、生育のスピードが異なる。このため、農家は大きさのそろったキャベツを選んで収穫する。このきめ細かい作業を収穫機に期待できないからとのこと。「グラム売りが一般的である海外の小売店と違い、日本では1個売りが大半で、固定価格なので均一な大きさが求められる。この売り方が続く限り手作業が続く」と語る。

 将来、人工知能(AI)を搭載した収穫機が開発されれば、キャベツの形状を記憶し、大きさを見極めながら収穫するかもしれない。その前に、消費者が購買行動を変える手もある。農産物の規格は、消費者が望む以上にサイズや等級が細分化され、農家の負担になっている。これを簡素化したり、グラム売りを導入したりすれば、高額なAI搭載の収穫機を待つまでもなく農家は収穫機を使い、工程全体を省力化できると結ぶ。

 2020年度実施予定の「大学入学共通テスト」、ロールキャベツを作りながら注視していきたい。

(宮本 輝)

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2019年11月07日

『検証 迷走する英語入試 ― スピーキング導入と民間委託』

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  南風原 朝和 編 岩波書店(2018/06)

はじめに
1 英語入試改革の現状と共通テストのゆくえ
  ……… 南風原 朝和
2 高校から見た英語入試改革の問題点
  ……… 宮本 久也
3 民間試験の何が問題なのか ― CEFR対照表と試験選定の検証より
  ……… 羽藤 由美
4 なぜスピーキング入試で、スピーキング力が落ちるのか
  ……… 阿部 公彦
5 高大接続改革の迷走
  ……… 荒井 克弘
年表 入試改革全体と英語入試改革の流れ

 大学入試にて英語民間試験を活用するための「大学入試英語成績提供システム」は、この問題の本質を人々に分かりやすく実感させた“身の丈”という文部科学大臣の発言が決め手となり、導入が延期となりました。2021年度入試での運用(原則として2020年4月〜10月に受検する英語民間試験が対象となる)に向けて受験生に発行する「共通ID」の申込受付開始の11月1日(金)に大臣の記者会見で発表され、「共通ID」の受付業務を行う大学入試センターも報道で延期を知ったという、劇的な展開となりました。

 大学入試での英語民間試験の活用については、一連の審議会や有識者会議等ではほとんど議論されておらず、南風原氏も委員として参加した「高大接続システム改革会議」の最終報告(2016年3月)では“民間の資格・検定試験の知見の積極的な活用”と表現されていたものが、その後の文部科学省内での立案プロセスの中で、共通テストでの英語出題廃止と民間試験を活用する方針が出され、専門的な検討や当事者に開かれた議論は不十分なまま進められてきた訳です。

 大学入試英語成績提供システムについては、本年2月〜4月の小欄でも取り上げましたが、この問題に危機感をもって警鐘をならした心ある専門家が、昨年6月に緊急出版していたのが本書です。

 100ページほどのコンパクトなブックレットには、東京大学高大接続研究開発センター長で心理統計学・テスト理論が専門の南風原氏、東京都立八王子東高等学校長で全国高等学校長協会 前会長の宮本氏、京都工芸繊維大学教授でコンピューター方式のスピーキングテストを開発・運営している羽藤氏、東京大学教授で英米文学が専門の阿部氏、そして大学入試センター名誉教授で高等教育研究・教育計画論が専門の荒井氏が、それぞれの専門的視点や立場から、問題点と危険性を指摘してします。これから検討すべき課題はほぼ全て網羅されており、多くの方が手に取られる事を願います。
(出光 直樹)

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春日部駅のしんちゃんポスター

 この度の台風19号により被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。被災地の一日も早い復旧・復興をお祈りいたします。

 今回ご紹介するのは、安心安全な農産品や加工食品、ミールキットなどの食品宅配を展開するオイシックス・ラ・大地株式会社 (本社:東京都品川区、代表取締役社長:高島 宏平)が運営する『Oisix』と埼玉県春日部市を舞台にした臼井儀人さんによる漫画作品『クレヨンしんちゃん』がコラボレーションした広告。東武鉄道春日部駅に野原家シリーズ交通広告を第三弾にわたり掲載した。

 第一弾は「母の日」と「野原みさえ」。母親である野原みさえさんを起用、「みさえさん、ありがとう。おかあさん、ありがとう」というキャッチコピーと合わせて「拝啓 野原みさえ様」から始まるメッセージも添えられ、みさえさんやおかあさんの暮らしが変わることを願った。

 第一弾の好評の声を受け、第二弾は「父の日」と「野原ひろし」。父親である野原ひろしさんを起用、「拝啓 野原ひろし様」から始まるメッセージが添えられ、「いいパパって、なんだろう?いい家族って、なんだろう。」という父親と家族に向けたメッセージを掲出、「いいパパって、なんだろう」というハッシュタグも話題になった。また今回は妻のみさえにプロポーズをした思い出深い場所である東京都足立区の北千住駅にも掲出した。

 第三弾は「夏休み」と「野原しんのすけ」。息子であるしんちゃんのイラストと共にキャッチコピーが以下の3種類。「かあちゃん、楽しい夏休みをありがとう」「かあちゃんの夏休みはいつなんだろう」「かあちゃんがもっと楽しく過ごせたら夏休みはもっと楽しい」。

 Oisixは本年7月より、夏休みの主婦を助ける「#夏休みのたたかう主婦らに援軍を」キャンペーンを実施、ここ数年Twitter上で夏休み期間中に話題となる「#主婦らの夏休み戦争」というハッシュタグに対して、今回はしんちゃんの言葉を通して夏休みを乗り越えたお母さんたちに向けてエールを送った。

 オイシックス・ラ・大地の統合マーケティング本部長によると、この企画は、『クレヨンしんちゃん』とコラボレーションするというより、しんちゃんのお母さん「みさえさん」の暮らしをOisixがサポートできるのでは?という思いから始まっているとのこと。Oisixの企業理念は『これからの食卓、これからの畑』。これからの大学、これからの学生に通じるものを感じた。
(宮本 輝)

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2019年10月03日

人は揺らぎをスルーできるか?

 無茶振りの天才、高橋先生のことだからまた代打を依頼するに違いない…。そう確信して、実際に代打指名が来る前にこの原稿を起こしている。

 前回の代打では、ケインズの景気循環論で重要な概念である企業家のアニマル・スピリットとVUCAを繋げて考察してみた。今回はその続きである。

 ケインズの議論は少し形を変えてハロッドに引き継がれる。彼の議論を簡単に説明できないが、イメージとしてこんな感じである。2つの基準となる成長率が定義される。1つは保証成長率。これは生産設備の完全稼働のもとで最大限実現できる成長率である。もう1つは自然成長率。これは労働者を完全利用したときに最大限実現できる成長率である。ここで重要なことは両者が一致するのは「偶然」でしかないことである。そして、実際の成長率はこれら2つの成長率の間を「揺らぎ」ながら推移していく(揺らぐ原因についてハロッドは詳細に検討していないが、ケインズが導入したアニマル・スピリットを含めていいだろう)。だが、揺らぐ先に待つ未来は資本主義社会の低迷である。この結論は「不安定性原理」とか「ハロッドの基本命題」などとよばれている。

 ハロッドは資本主義社会が本源的に不安定な属性を持っていることを示したが、これに真っ向から対立する議論が提示される。その人の名はソロー。経済成長論の礎を作った人物である。彼の議論も簡単に解説できないが、生産に投入される生産設備と労働が自在に調整されることで、ハロッドの定義した保証成長率と自然成長率が「必然」的に一致すること、そして実際の経済成長がそこに向かって収斂することを示した。強引にまとめると、ソローは資本主義社会が本源的に安定したシステムであり、そこにおける「揺らぎ」は一時的現象に過ぎない。少々揺らいでもゴールは見えているのだから気にすることはない、こんな話である。

 とかく人は「揺らぎ」に一喜一憂してしまう存在である。その一方で、人は今の揺らぎが長続きせずいずれ収まることも経験的に知っている。揺らぎを我慢できるのはその先のゴールが(ぼんやりでいいから)見えているから。ただ、今のVUCAとはゴールが見えない状況で生じている揺らぎでもある。先が見えなくて揺らいだ現状を人はどこまで我慢できるのか? その胆力が問われているのが今なのかもしれない。
(中村 勝之)

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僕の右手が宝物、のわけ

 認定NPO法人国境なき子どもたち(KnK)が開催する写真展「友情のレポーターとフィリピンの子どもたちの『宝探しの旅』」を紹介する記事を見かけさっそく行ってきた。

 KnKは1997年日本で設立された国際協力NGO、世界の子どもたちと「共に成長する」ことを理念に現在は7カ国(地域)で活動している。「友情のレポーター」は、日本在住の11歳から16歳までの子どもを対象にしたKnKの教育プロジェクト。二つの大きな使命があり、世界の国々で取材を行いながら日本と取材先の子どもたちが友情を育み共に成長すること、帰国後、見たこと、知ったことを日本の人々に広く伝え、日本で暮らす私たちにはどのようなことができるのかを考えること。子ども一人の力は小さくても人に伝えることで大きな力を生むことができる。1995年以来、13カ国に計66名のレポーターが派遣されている。

 前述の記事は「僕の右手が宝物、のわけ」(2019年9月10日毎日新聞・小国綾子記者)。今年の夏は女子高生と男子中学生が選ばれ、フィリピンの青少年鑑別所や路上で暮らす同世代の子どもたちを取材。フォトジャーナリストの安田菜津紀さんが同行し、写真ワークショップを行った。

 テーマは「自分たちの大切なもの」。カメラを手渡された女子高生や男子中学生、現地の子どもたちは市場や公園で自分なりの宝物を探して撮影した。「今はノロマでもいつか空を飛べる」とイモムシを撮った子。「人の成長に似てる」と石の割れ目から芽を出す植物を撮った子。被写体を大切に思う子どもたちの素直な心のうちが写真に透けて見える。「途上国の子ども」「ストリートチルドレン」というイメージの陰に隠れてしまいがちな一人一人の存在感が伝わってくる。

 日本の中高生2人が見つけた“宝物”、少しだけ紹介すると女子高生は現地の子どもたちの笑顔を撮った。仲良くなることで「助けてあげたい」ではなく「友だちになって応援したい」と気持ちが変わったという。そんな出会いこそが宝物だと。一方の男子中学生、自分の右手のひらを撮った。理由が胸を打つ。「たくさんの子どもたちと出会い握手し、手を握った。子どもたちの声が聞こえる、この右手が僕の宝物になった」。

 宝物を探す旅は、自分自身と出会う旅。写真を通じて他者と出会う旅でもある。ヘイトが飛び交い、国や民族の対立する時代に顔の見える関係を結び合うことは未来につながる“宝物”と小国記者。フォトジャーナリストの安田氏は、レポーター2人にとってもうこの国は「発展途上国」という曖昧なイメージの場所ではなく、大切な時間を共に過ごした、友達が暮らしている場所であるとエールを送る。
(宮本 輝)

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2019年09月04日

VUCA時代を問う

 高橋先生から「巻頭言の代打を!」と依頼されて、都合3回目の登場である。今回は私の本来の専門とする経済学の中から、『経済学の巨人』とよばれるイギリスの経済学者J.M.ケインズの話をしてみようと思う。

 ケインズの議論の中で後世に多大な影響を及ぼしたものは数多くあるが、個人的に好きな話が彼の景気循環論である。投資家として一財を成したケインズらしく、彼の議論の根幹にあるのは人々、とりわけ企業家(当時は資本家)の心理である。なお、ここでの企業家は会社の社長をイメージしてもらいたい。

 企業家は組織としての企業を維持・発展させるための最終決定者、すなわち、その決定が企業の行く末を(嫌が上でも)左右できる存在である。今の企業家であれば、大失敗を避けるべく部下たちに事業が成功するための証拠を求めるだろう。いわゆるデータの提示であり、それに基づく判断はまさに「サイエンス」である。

 ここで、サイエンスに基づく証拠からみて甲乙つけがたい事業が2つあるが、事情により1つしか選べないものとする。このとき、企業家はどの事業を選ぶのか? その判断基準をケインズは「アニマルスピリット」(意訳すれば「血の気の多さ」)、FMICSの流行語(?)では美意識に求めた。自分の責任においてどこまでリスクを引き受けられるのか? そうした基準ではなく、どちらの事業が企業として美しいのか? ケインズは景気循環の要因を究極的に企業家の美意識に求めたと言ってもいい。巷で流行っている経営者に対する美意識の涵養という議論は、半世紀以上前の経済理論の中にも見受けられるのである。

 無論、美意識を持つ企業家が常に現状を打破できる訳ではなく、置かれた状況や雰囲気で美意識自体が揺らぐ。だから、実はビッグチャンスがあるにもかかわらず見逃す企業家もいれば、八方塞がりで出口が見出し難い状況であっても光明を見出す企業家もいる。森羅万象から法則性を見出すのが学問の本筋であるとすれば、ケインズのアニマルスピリットに基づく景気循環論は概念としては大いに納得する部分はあれども、それを法則性、すなわちサイエンスとして昇華できなかったという意味で悲劇の議論だったと言える。

 ではなぜケインズの議論が発展することがなかったのか? 1つ考えらえる要因が、ある行動がどういう結果をもたらすのか? 有り得る結果の全てを列挙することは勿論のこと、各結果が生じる確からしさの有りよう(≒確率分布)を記述するのも本源的に不可能な状況を想定していたからである。有り得る結果もその確率分布も仮定できない世界は本来サイエンスで語ることができないのである。

 VUCAの時代とは本源的にサイエンスで語れない時代でもある。サイエンスの塊であるAIに解を求めたところで無駄である。幅を利かせているようで明快な解を何1つ提示できないサイエンス。研究者には受難の時代でもあり、何でもありの時代ともいえる。そんな中で美意識なりアニマルスピリットをいかに磨き続けるか? その1つの場所としてFMICSがあり続けて欲しいと願ってやまない今日この頃である。

(中村 勝之)

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寺に危機感あるか?

 毎年夏のお盆の時期の帰省ラッシュ、夏の風物詩といえるニュースを見ながら終活の取材を続ける滝野隆浩記者(毎日新聞)が全日本仏教会「仏教に関する実態把握調査」についての報告を取材した記事(毎日新聞2019年7月26日朝刊『掃苔記』より)を興味深く読んだ。東京・築地本願寺にて開催、全国7万5000カ寺の総元締めの組織は2年前に仏教文化の認知度について調査、今回は2回目、「寺との距離と仏教への距離感の関連性」などを調べたという。

 サンプル数は「一般」「仏教信者」合わせて7412、地方から首都圏に出てきた人などを想定、菩提(ぼだい)寺が遠くにあると仏教への理解や信仰心は低くなりがち、行くのに2時間以上かかると満足度も低下していくという結果が出たそうだ。

 調査結果の項目で滝野記者が一番気になったのは「今後の菩提寺との付き合い方」の項目。一般の人に複数回答で聞くと、「現在と変わらず良い関係」35.8%、「これからは付き合いは減少する」51.4%、さらに「近い将来全くご縁がなくなる」36.8%で、3人に1人は絶縁を予想している。もちろん、信者の方は「変わらず良い関係」「付き合いを深めたい」が7割を超すが、一方で4割は「付き合いは減少する」とも答えているとのこと。また一般の人の半数は、自分の葬儀は「仏教式の葬儀にこだわらない」と考え、一般・信者に関係なく2割近くがお墓の引っ越し(改葬)を希望したりすでに実施したりしている。

 お寺にとっては厳しいデータ、これが現代人のふつうの感覚だが寺側の危機感が感じられないと滝野記者。マメに接触しなければ気持ちは離れるとわかっているのに「電話番号やメールアドレスの集め方などはわからない」と嘆く住職が多いと言う。ネットで葬儀を手配した首都圏の信者に理由を聞いたら「寺や宗派の連絡先がわからなかったから」がなんと4割以上いたらしい。

 9月は秋学期スタート、“ふつうの感覚”で“危機感”から目をそらさず、成長した学生を迎えたい。
(宮本 輝)

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