2023年01月11日

フルオーケストラでラジオ体操第一

新年明けましておめでとうございます。
本年もよろしくお願いいたします。

 今年のお正月は、優雅な気持ちでスタート! 公益財団法人東京都交響楽団が東京2020大会1周年を記念して「ラジオ体操第一」のフルオーケストラ音源を作成・録音した。おなじみの軽快なピアノ伴奏と違った重厚で華やかな調べが受け、市民の健康作りに一役買っている。

 オケ版制作のきっかけは、昨年夏の東京五輪・パラリンピック。大会で高まった市民のスポーツへの関心を持続させようと、東京都の担当者が、「意外性があって楽しんでもらえるのでは」と発案。今年春、五輪開会式で「オリンピック賛歌」を演奏した同楽団に編曲を依頼した。

 同楽団は楽曲の著作権を持つかんぽ生命保険(東京)のアドバイスを受け、体操がしやすい曲の間合いなどを考慮しながらアレンジ。チェロとコントラバスの伴奏に乗って、バイオリン、オーボエ、フルートなどが主旋律を引き継いでいく優雅な一曲に仕上げた。

 コンサートホールで録画した演奏動画を7月に動画投稿サイト「ユーチューブ」の楽団公式チャンネルで公開すると、再生回数はうなぎ登りに。現在、20万回に迫る勢いで。「豪華すぎて笑える」「体が勝手に動いてしまう」といった感想が数多く寄せられている。

 営利目的を除き、オケ版の映像・音源は自由に使用できる。都生活文化スポーツ局の担当者は「スポーツになじみのない音楽好きの人にも体操に取り組んでもらいたいと作りました。配信もしているので社員などの健康作りに活用してほしい」と話していた。

 そしてお正月に手に取った本は、『お寺の掲示諸法無我』(江田智昭著、新潮社)。「お寺の掲示板大賞」を立案した僧侶、岩手県の寺の掲示板の張り紙を紹介していた箇所に惹かれた。「人生と地獄は同じ「じ」という文字からはじまるんだな」。人の心の中で地獄がファンタジーとなり、リアリティを持たなくなったと江田氏は感じ、地獄は現実にあることを忘れてはなりませんと書いている。ちなみに2022年度の「お寺の掲示板大賞」の仏教伝道協会大賞は「武器を捨て 数珠を持とう」、仏教伝道協会賞は「私は今多くの死者の上に立っている そのことを忘れてはいけない」、「毒言吐いたら 自分も浴びる」、「修行がたらん」、私の心に留まったのは仏教タイムズ賞「かんしゃくのくの字をすてて 日をくらす」。

(宮本 輝)

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2022年12月07日

「隙を見せない」事の難しさ

 先日、開催中のFIFAサッカーW杯の予選リーグで日本代表がドイツを破ったらしい。細心のFIFAランキングで格上のドイツに勝利した事で日本中が歓喜に酔いしれたようだが、次戦のコスタリカ戦では攻めあぐねて敗れてしまったらしい。なぜ「らしい」と書いたのかと言えばサッカーにまるで興味がなく、世間の喧騒をよそに1秒たりともリアル・タイムで視聴していないからである。執筆段階では最後のスペイン戦が残っているが、以下に述べる理由で、今回も日本代表は決勝トーナメントに駒を進めることはないと予測する。もし決勝トーナメントに進出する結果となれば、以下で述べる事を見事に修正できた成果であり、その意味で日本代表の代表たる所以を改めて認識する次第である。

 コスタリカ戦敗戦に関して専門家たちはさまざまな視点で語っているが、スポーツに疎い私の目線で言えば、日本代表のどこかに対戦相手に対する上から目線、つまり表題にある「隙」を見せてしまったからではないかと睨んでいる。

 小欄でも述べたと思うが、今年度から某スポーツ部の部長に就任し、ほぼ全ての試合に帯同してきたが、春のリーグ戦の段階から物凄く気になっている事があった。それが部員である学生達のメンタルの甘さである。

 本学の某スポーツ部は関西リーグ男子1部に所属し、それなりの強豪である。だが、試合前に行われるアップの段階で部員たちの動きにムラがあることに気付いた。それが、現段階で上位にある大学との対戦では「どうせ負けるし…」といった、半ば諦めムードの中でアップを行い、その通りの結果となる。一方、下位にある大学との対戦では「余裕っしょ!」といった気の抜けたアップを行うが、対戦相手の思わぬ粘りに簡単に屈してしまう。それでリズムが狂って修正できないままリーグ戦が終わってしまう。変な話、今回のサッカー日本代表の動きも、本学某スポーツ部の動きと重なってしまう。仮に重なっているのなら、決勝トーナメントに駒を進める事なく終戦を迎えるであろう。

 本当の強者は対戦相手に応じて「どうせ負けるし…」「余裕っしょ!」と気持ちを変化させることはまずない。分かりづらい例かもしれないが、大相撲の歴代の「大横綱」を想起すればいい。攻めの型を確立しつつも、型に持ち込めなくても相手に応じて攻め手を変幻自在に変える。窮地に追い詰められても2枚腰、3枚腰で凌いでしまう。勝負事において打つ手が幾つもあるというのは「余裕」の差として現れる。その余裕を生み出すのは日常における準備が公私全ての行動の8割程度を占める。この辺を分かっている者こそが真の強者である。

 眠い目をこすってサッカー観戦する暇があるんだったら、自らを「強者」するための準備に思いを馳せてごらん。余裕が変わってくるから。

(中村 勝之)

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ストーリー彩る料理に汗

 東京ディズニーリゾート(TDR)にはアトラクションだけではなく、ミッキーマウスなどのキャラクターをイメージしたメニューなど見た目も鮮やかな料理を作り出す調理師を育成する研修施設「カリナリーアカデミー」(千葉県浦安市)がある。人気アトラクション「スペース・マウンテン」に近い場所にある淡い水色の西洋風建物、来場者の目に触れないが、ディズニーアニメの世界観を再現した外観。社員食堂なども入る建物の3階にあるアカデミーの広さは約240u、3分の2ほどを厨房が占める。実際の店で使われる大型調理機器などが備えられ、パーク内で提供されるメニューを一通り調理できる。

 調理師学校の卒業生らが毎年3人ほど入社。入社4年目まで配属先での勤務の合間を縫って月に1回、数時間ほど教師役の調理師の指導を受ける。佐々木一元校長は「通常のホテルやレストランと違い、メニューそれぞれにストーリー性が求められる。1つ作るのもかなり大変」と強調する。研修中の一人は「パーク内に多くのジャンルの飲食店がある。レストランなどに就職するより色々経験ができると思って入社した。一流を目指して努力したい」と目を輝かせる。

 研修後は労務管理などを一部担う「スーシェフB」という職位に就くための昇格試験を受ける。料理の下処理などの実技試験があり、天井のカメラで撮影した映像を校長らが見ながら採点する。受験後は映像などを使って受験者にフィードバックする。

 その後もメニュー開発などに携わる「スーシェフA」、各店を統括する「シェフ」、パーク内全体のレストランを管理する「マスターシェフ」に昇格するキャリアパスが用意されている。開校から10年ほどたち、スーシェフAになった卒業生の中には社外の料理コンテストで賞を取る人も出てきた。佐々木校長は両パークのレストランを取り仕切る「エグゼクティブシェフ」を務めた後、19年に校長に就いた。「パーク内で活躍する教え子が増えてきた。シェフになってくれる人もそろそろ出てくるのでは」と期待する。(日本経済新聞12月1日「深訪ググッと首都圏」より)

 今年は学生さんといろいろな企画や催し物に参加する機会に恵まれた。来年は更に学食や売店、食品自販機やカフェも担当予定。その道のプロフェッショナルの方々と共に知恵を出し合い、コロナ禍で過ごす学生さんのキャンパスストーリーを創り出す年へ!

(宮本 輝)

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2022年11月09日

躍進の地域密着勢

 毎日新聞「萩原魚雷のラジオ交差点」にてTBSラジオ「ジェーン・スー生活は踊る」(月曜〜木曜、午前11時)で3年ぶりに開催された人気企画、あなたにとって一番スーパーなスーパーを決める国民投票「第4回スーパー総選挙2022」を特集していた。有権者であるリスナーの皆さんが「推しスーパー」と、その熱い「推しコメント」をTBSラジオHP内のフォームから投票。9/5〜10/19の投票期間に集められた票数は、第3回の4倍以上となる24,844票に!さらに、名前の挙がったスーパーの種類は468!

 10月20日(木)の生放送内にて、その最終投票結果を発表!その結果は1位オーケー(4,926票)で見事4連覇を達成。以下は2位ヤオコー(4,712票)、3位ライフ(2,762票)、4位ロピア(2,320票)、5位ベイシア(975票)、6位サミットストア(777票)、7位オオゼキ(613票)、8位ベルク(541票)、9位ツルヤ(516票)、10位文化堂(477票)という結果
だった。

 2位のヤオコーは埼玉県を中心に展開している。5位のベイシアは本部を前橋市に置く。群馬県民の熱い支持を受けランクインした。ベイシアグループにはカインズやワークマンなどの物販チェーンがある。自社ブランドが充実しているのだとか。スーさんは「すごいね」「こうなったらみんなで群馬に行くしかないね」と興奮気味に語る。今回は地域密着のスーパーの躍進が目立った。

 1位が発表されると「鳥肌が立ったね」とスーさん。エンディングまで大盛り上がり。投票したリスナーからは「新型コロナウイルス禍の生活を支えてくれた」と従業員への感謝の声が多数あったそうだ。

 また番組内では様々なスーパー情報を紹介。総選挙開催中には、各曜日のパートナーのほか、著名人がゲストに日替わりで続々登場し、それぞれの「推しスーパー」について応援演説!さらにウェブサイトでは、そもそも「スーパー総選挙」が生まれたきっかけとは? また、当時の反響は? 番組の歴代プロデューサーにそれぞれにインタビューもあり。

 ちなみに10月28日の放送では、秋のコンビニ「新作まん」を食べつくす!すっかり秋めいてきたこの時期、無性に食べたくなるのがコンビニのレジ脇にある温かい商品。その中でも、この時期に新作が発売されるのが「中華まん」。肉まんやあんまんといった定番以外にもコンビニでは毎年新作が誕生。今回は「ファミリーマート」、「ミニストップ」、「ローソン」の新作を食べ比べ。

(宮本 輝)

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2022年10月05日

お客様やスタッフと「共感共存」

 ハンバーガーチェーンの絶滅危惧種と言われた「ドムドムハンバーガー」。社員になったばかりの藤崎忍氏(56)は業績立て直しを経営陣に直訴、入社から9カ月で社長就任。今まで関わりのなかった「ドムドムの外」とのコラボレーションなどこだわりのある施策を打ち出していく。

 「外」とのつながりを探る中で、意外な組み合わせも生まれた。アパレルの有名イベント「ビームス」、「アダストリア」の「niko and・・・」や生活雑貨の「ロフト」などとコラボして成功。当初反対もあったが、藤崎氏は接点がない人とのつながりを図り、ドムドムのゾウのキャラクター「どむぞうくん」が受け入れられるかどうかを知りたいという狙いを理由に説得したという。

 前例を踏襲しないのはハンバーガーも同じ。復活を象徴するのが「丸ごと!!カニバーガー」。19年10月に期間限定で発売したところ、ソフトシェルクラブを丸ごと揚げて挟んだインパクトある姿が話題になり、SNSで拡散された。税込990円という異例の高価格にもかかわらず、売り切れが続出。店の売り上げを2〜1割底上げした。カニバーガーは冷凍カニの解凍から始めるなど、その複雑な調理方法も異例。藤崎氏は「おいしいのはお客様への最低限の約束。そのうえで独自性をというのが基本的な考え方。(作る手順が大変な)カニバーガーについては、スタッフには感謝しかありません」と話す。

 出店にもこだわりがある。藤崎氏は「数」重視ではなく「意義ある」出店をしたいという。一例が20年9月に東京都台東区の遊園地「浅草花やしき」内に開いた店。検討した時期はコロナが流行し始めた頃で、テレビなどで連日、浅草・雷門前の閑散とした様子が伝えられていた。「そんな時期ですから反対もありました。でも、浅草に元気を、そして浅草で東京に元気を、東京で日本に元気を、と考えたのです」。花やしき店の業績は順調だという。

 そして藤崎氏は熱を込めて言う。「ドムドムブランドは長年愛され、守られてきたのだなと感じています。こちらから押しつけるのではなく、お客様やスタッフの人生に並走し、『共感共存』しながら今後もブランドを構築していきたい。」私も藤崎氏の「共感共存」を活かして学生食堂業者さんと契約更新!

(宮本 輝)

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2022年09月07日

受験勉強の「できる子」はなぜ「できる」のか?

 何十年か前の話。子どもが難関大学に進学すればご近所さんや親戚連中から褒め称えられたものだ。その子どもが超のつく有名企業に就職できても似た感じだったろう。それが微妙な評価になってから久しいと言われているが、昔から言われる「いい所」へ希求する心理も厳然として残っている。

 難関大学に進学したという事実が微妙な評価になったのは、高等教育の大衆化の当然の帰結の1つであって、所謂「大卒」が増えた事で難関大学の評価が相対的に低くなったからである。無論、高等教育の大衆化は必ずしも難関ではない大卒者の成功事例も増える結果をもたらすので,この事態も難関大学の価値を相対的に引き下げる結果になるだろう。一方、かつての有名企業の評価が微妙になってきたのは、技術進歩にもとづく新財の登場が人々のライフスタイルを変え、それが産業構造の変革をもたらしたのが1つの要因だろう。それに伴う価値観のズレもかつての有名企業には不利に作用したのかもしれない。

 ここ最近、定期的にFMICS例会で高大接続等の「モヤモヤ」がテーマになっているが、変な話、このテーマが継続している裏には、参加した時点で解消されたと思えたモヤモヤがちょっとでも時が経てば再度湧き立ってしまう実情があると思われる。ここで、昔から今に残る価値観をA群、A群とは異なる新規の価値観の一連をB群とすれば、たとえば、B群に立脚した報告を聞けばA群に立脚した疑問が湧く。逆は逆で、A群に立脚した報告を聞けばB群に立脚した疑問が湧く。こうした反芻が脳内を駆け巡る限り、モヤモヤは解消される事はないのではなかろうか。

 教育論における新しい議論はとかく旧来の議論を全否定する形で立論される。無論、反動が起こった際には新しい議論を全否定する形で旧来の議論が蒸し返される。これをA群・B群の話に置き換えれば、両群の共通部分は存在しないかのような印象を与えるし、圧倒的多数の教育関係者はそう思うだろう。これを高校数学の集合論で言えば、集合Aと集合Bの共通部分(A∩B)が空集合(φ)となると思っているようだ。

 無論、教育業界に携わる者として集合Aと集合Bの和集合(A∪B)を目指すべきだとする主張も可能である。ただ、これは組織の目的として備えておくべき事項であって、個々の教職員に要求するべき物ではないし、仮にそれができる人材が存在するとしても、徒にそれを一般化するべきではない。個々の教員にとって疑問を差し挟むべきは集合Aと集合Bの共通部分(A∩B)が本当に空集合(φ)なのか? 高大接続の関連で言えば、旧来の受験指導と総合型選抜に即した思考力・表現力を鍛える教育方針に共通部分が本当に存在しないかどうか、ここを疑うべきである。

 この疑問への回答になるかどうかは分からないが、そのヒントとして、拙著『学生の「やる気」の見分け方(文庫改訂版)』の終章で紹介した「学び習慣仮説」、もしくは「ラーニング・ブリッジング」の内容を紐解くのをお勧めする。

(中村 勝之)

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審判の甲子園

 第104回全国高等学校野球選手権大会は「審判」の「言葉」が注目された大会だった。コロナ対策で大声での応援ができず、審判の声が聞こえやすくなっていることも背景にあるとのこと。審判の多くは会社員などの本業と両立している。

 開幕戦となった国学院栃木(栃木)と日大三島(静岡)戦は、10−3と点差が開いた。球審の尾崎審判は試合後、両校がホーム前で整列すると、うつむく三島ナインに「大丈夫や、上を向け。甲子園で試合ができたことは誇りや。胸を張って終わります。礼」と声をかけて試合を締めた。

 八戸学院光星(青森)と愛工大名電(愛知)の2回戦では、延長10回、名電が美濃十飛外野手の一打で劇的なサヨナラ勝利。実に1981年夏以来、41年ぶりとなる夏2勝目を挙げた。今大会は6月に心不全で急逝したチームメイトの瀬戸勝登さんの思いも背負うナイン。試合終了後、勝利球を受け取った球審の金丸審判は、主将の有馬伽久選手に何事もなかったようにそっとボールを渡した。「勝登と共に」と頂点を目指すチームに粋な計らいとなった。

 新型コロナ感染が広がり、主催者の異例の配慮で第8日に初戦が組まれた浜田(島根)−有田工(佐賀)戦。5−3で浜田が18年ぶりの甲子園勝利を飾った。試合終了後、両校が整列すると球審の尾崎審判が「試合ができたのは奇跡。甲子園でプレーできるありがたさ、感謝の気持ちを持ってほしい」と選手に声をかけた。

 今春センバツ1回戦の敦賀気比(福井)−広陵(広島)では、二塁塁審のジャッジミスを認め、球審だった尾崎審判が場内アナウンスで「私たちの間違いでした。大変申し訳ありません」と謝罪。ミスがなかったらと仮定した状況からプレーを再開させ、関係者からも称賛を浴びていた。

 また山口智久審判員もSNSなどで高校野球ファンの話題になった。一塁、三塁の塁審はスピーディーな試合進行のため、イニング間に守備に回る側のベンチへ近づき「追い出し」と呼ばれるかけ声を行う。山口審判員は「切り替えていこう」「ここが勝負どころ」「集中して」など、試合展開に応じた声かけで選手の背中を押した。

 決勝の球審を務めたのも尾崎審判。球児に寄り添う姿が印象的で試合中に声をかけたり、笑って背中をポンとたたくシーンがあった。優勝決定後は速やかな整列を促し、全員がきれいに並び終わるまで時間をかけて待つと「終わります!」と声を張り上げたという。

(宮本 輝)

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2022年08月04日

前期最終講義における1コマ

 今回は職場の1回生向けの演習の最後に私が語った事項について、思い出しながら文字起こししてみようと思う。

 今回のグループ・ワークでは、組織・グループにおけるリーダーシップとは何か、キーパーソンは誰かについて考えてもらい、発表してもらいました。各グループがそれぞれ大事と思う事項、たとえばリーダーシップなら「責任感がある」「行動力がある」「メンバーとの調和がとれる」など、キーパーソンなら「サポート役」などを指摘してくれました。話を聞いていて、皆さんは『じゃぁ、どれが正解なんだ?』と言いたくなったかもしれません。これに対する私の回答としては、たとえばリーダーシップやキーパーソンについて【僕・私にとっての】という接頭語をつけるべきだと。

 たとえば、【私にとっての】リーダーシップとは「いざと言う時に謝れる事」だと思っています。組織トータルとして調子がいい時は各メンバーの調子も総じていいはず。そんな時にリーダーのなすべき事はありません。でも、逆のシチュエーションが起こった時、全ての責任を一身に引き受けて謝る事って一見簡単な様でおいそれとできるものではありません。リーダーの謝罪1つで不調の根源を一掃し、復調のきっかけにならなければならないからです。それだけの胆力のある事、それが【私にとっての】リーダーシップだと考えています。

 一方、【私にとっての】キーパーソン、これには2種類あります。1つは「私より賢い人」もう1つは「地味ながら丁寧に業務をこなせる人」です。今回皆さんが指摘してくれたリーダーシップの要素、これらをすべて持ち合わせている人、言うなれば全能・万能な人ってまず世の中に存在しません。むしろ、不得手な部分の多いリーダー像というのが普通だと思います。その時、任務遂行に必要だが自分にとって不得手な部分があれば、得意な人に一任した方が成功確率は上がるはずです。私がリーダーになるんだったら、受任のための絶対条件は私より賢い人を私のそばに置くことを主張しますね。彼らに任せていたら間違いありませんし、無知な私が口出ししたって何ひとついい事ありません。

 一方、組織・グループにとって生じて困るのがミスです。しかも、その発見が遅れるほど事態は深刻になっていきます。ところが、人はミスする存在です。そうなってくると、組織・グループにとって何が大事かと言えば、ミス生じさせない様にするのではなくそれを早期に発見する事です。その際に役に立つのが丁寧な仕事をするメンバーです。丁寧に仕事をする人の何が丁寧かと言えば、やった事に対する確認作業を確実に遂行する点です。私は割と確認作業を丁寧にやる方ではあるんですが、上には上がいるもの。鬼気迫る勢いで確認作業をする人がいる。そんな人がメンバーにいるんだったら鬼に金棒、ミスから生じうる損失を最小限に食い止める事が可能になるはずです。

 この辺の話は、それこそ皆さんの倍以上の時間を生きてきた中で導き出したもので、だからこその【私にとっての】な訳です。勿論、異なる経験をすれば導き出される【私にとって…】は変わりますし、同じ経験をしても何処に力点を置いて次に活かすかで【私にとって…】のあり様は変わります。それで行くと、ネットで調べた内容や先輩・同期・後輩に聞いた内容は、結局の所【僕・私にとって…】を導き出す際のサンプルとしての役割しか果たさず、【僕・私にとって…】の答えにはなり得ません。くれぐれもここを間違えないようにして頂きたい。

 このクラスでは就活絡みで様々なトピックを扱ってきましたが、皆さんにとって本当に大事なのは業界情報を得たり、企業研究をしたり、インターンシップに参加したり、各種対策講座に参加したり…ではなくて、大学生の時間で経験するあらゆる事柄から「【僕・私にとっての】〇〇」の「〇〇」の部分を少なくともひとつ、見つけ出すことです。これは皆にとって強力な武器になりますし、窮地に陥りかけた時のクッションにもなりますし、周囲のプレッシャーを跳ね返す盾にもなります。資格より、留学経験よりも、インターンシップ経験よりも遥かに皆さんの力になります。学生生活は始まったばかりですが、ここを目指して日々頑張ってください。

(中村 勝之)

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2022年07月06日

何かあったらどうする症候群

 KDDIの通信障害、ネットやスマホがいかに生活に入り込んでいるか思い知らされた。そして原因がはっきりしないまま修復に励む技術者らの苦労はいかほどに。日本経済新聞6月8日「スポーツの力(北川和徳編集委員)」の『何かあったらどうする症候群』を読み返した。

 元陸上の為末大氏が先日、SNS(交流サイト)で私たちの国は「なにかあったらどうすんだ症候群」にかかっている、と発信していた。それは社会に安定と秩序をもたらすが、副作用として停滞を生み。個人の可能性を抑制するという。この症候群は、未来を予測してコントロールできるものと考え、その逆算でしか物事を判断できない。だが、実際には、予測しないことが必ず起きる。それをイノベーションという国もあるが、この国では「危ない」や「予想外」となる。ここから抜け出るためには「やってみよう、やってみなけりゃわからない」を、社会の合言葉にしなければ。

 北川氏は、変化を恐れ、安定と現状維持を無意識に優先する雰囲気が、社会の意思を決定し、その結果、世界の変化に追いつけず社会の劣化が進み、デジタル技術でイノベーションとか生産性の向上とか力んでも、これでは絵空事で終わるしかないと指摘する。さらに、未来は予測もコントロールもできないと覚悟した上で、リスクを正しく認識して最小限に抑える備えを怠らず、物事の優先順位を考えて行動することが重要であり、今なら昔よりずっと効率的にそれを実行できるはずとし、大リーグの中継で気がついたことを説明する。正反対のことが当たり前のように行われている。故障を回避するため投手は約100球で交代、主力選手もよく欠場する。一方、守備では無謀にも見える極端なシフトを敷く。どちらもその背景にあるのは最新のデータ分析や医科学の進化。そして選手生命とゲームの勝敗の優先順位。価値を最大化するためのリスク管理といえるだろう。スポーツだからできるという意見もあるだろうが、スポーツから学べることはたくさんある。

 東京都心、9日連続で猛暑日の最中にオープンキャンパスがあり、急きょ水とアイスを提供することになったが、業者から某高級アイスクリームが納品、まさに「予測しないことが必ず起きる」。請求書が届いたらどうするか…、最近の「合言葉」である。

(宮本 輝)

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2022年06月03日

先を見るために過去を振り返ってみようか

 本誌で本欄「裏巻頭言」を執筆し始めて丸3年が経過し、4年目に突入した。雑談めいた話から何らかのメッセージを盛り込む、言葉にするのは簡単だが、日常業務に埋没すると早晩書くネタが尽きてくる。毎号「何にしようか…」と微小な脳内をフル稼働させて考えるのが、ほぼ月末の恒例となっている。

 さて、4月からFMICS例会はポスト・コロナを素材に扱っており、先の教育現場を考えるようになった。そこで、今号では過去の本欄でコロナに関して私が記したことを振り返ってみよう。2020年5月の裏巻頭言の記述を(少々長いが)振りかえってみよう。タイミング的には最初の緊急事態が宣言され、ほぼ全ての教育機関がストップした時期であり、さまざまな意見が錯綜していた。その中で「9月に新学期を!」と言う主張に対する私見が以下のものである。

 「これまで遠隔授業を実際にやってみた実感としては対面授業と遠隔授業、両者で学力面での有意差は「確認されない」だろうと言う事である。遠隔でミニッツペーパーもどきの作成課題を学生に与えたのだが、それを実際に採点してみて、対面でやっても大差ないだろうと言うのがその感覚的根拠である。ちょっとした事であるが、ある程度の文量を書かせる課題において、資料等からそのまま抜き出すだけの物と自分なりに考えて自分の言葉で書こうとするのとでは雲泥の差がある。そして、自分の言葉で纏めようと苦闘する学生ほど追加情報に敏感である。おそらくだが、追加情報に敏感な学生は対面授業でも敏感に反応するはずである。変な話、鈍感な者は何をやっても鈍感なものである。少なくともボリュームゾーンにとって、遠隔授業による学力低下という悪影響を受ける事は少ないだろうから、これを理由に新学期を9月に移行した所で(学力で見た)状況の本質は変わらないだろうと言う事である。」

 私の担当科目についてはこの当時の予測が当てはまったと見ていいだろう。一方、平均的な学力面については微妙である。全般的に落ちたというより、コロナへの対応が迅速だった者とそうでなかった者との差が出た…こんな感じだろう。結局、いつの世も「先に走った者の勝ち」(経済学の言う創業者利得)なのである。無論、「少し後ろから追いかけたが勝ち!」(経済学の言う後発性利得)もアリなのであって、その辺りは強かに生きて行こう。

 で、同号の締めくくりにかけての記述も振り返る。

 「学期をずらす事は時間のタイミングをずらすだけの事だから、教科内容が不変である限り、9月新学期という制度変更は事の本質を大きく変えないだろう。むしろ、制度を定着させるまでに投入された有形無形のコストをその後の定着で回収できる保証はない。そして、このコスト増が大学経営を圧迫させる事は確実である。そう考える時、9月新学期説は大学大粛清の幕開けなのかもしれない。

 それを避けたいのなら、早急に(段階的にせよ)対面授業を復活させる方策を模索することである。これが私立学校の経営状況にとっても、教職員および学生のメンタルヘルスにとっても最善の方策である。」

 2022年度に入ってようやく本格的な対面授業が復活してきた。友達や先輩・後輩と直接触れ合える。そのために身綺麗にして…そういう心理作用があるだけで、マスク越しでも学生の表情が明るくなっているのが分かるし、キャンパスが華やかになる。

 キャンパスはこうでなくっちゃ…と思いながら遭遇したタヌキとにらめっこする私であった。

(中村 勝之)

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