2017年09月05日

面接を重視した医学科入試<前編>

 昨2016年の12月10日土曜日の午後、神奈川県内の所定の高校から(1校1名ずつ)推薦され、第1次選考(高校の成績や英語資格の水準等による書類審査)を通過した16名の受験生が、横浜市立大学医学部医学科「特別推薦入試」の第2次選考である面接審査に臨みました。

 募集要項には、面接審査はMMI(Multiple Mini Interview)の手法により行われ、受験生は観点別の5つの面接室(1面接室あたり10分程度)を巡り、それぞれ独立して審査を受ける旨が定められています。その評価の観点としては、「志望理由」「社会性」「協調性」「倫理性」「独創性」が掲げられており、その内容(評価方法)としては、初めの2項目(面接室)については出願時に提出する志望理由書(それぞれに対応した2通)に基づいて行われる事、後ろの3つについては、提示された状況課題(シナリオ)に対する解答により評価される旨が記載されています。

 面接日の3週間ほど前、第1次審査の結果とともに受験生に郵送されてきた「受験案内」には、具体的な集合時刻(13時、14時、15時の3グループに分かれている)や、個々の受験生と5つの面接室毎の面接時間が階段状のマトリックスになっている時間割、控室から5つの面接室を巡って再び控室に戻る会場配置図や誘導の手順、シナリオ等の面接内容は17時10分(最後の受験者の面接修了時刻)までは決して他人に話してはいけない事などが記されている他、シナリオのイメージとして次のような例示なども記されていました。

あなたは運動部(チームスポーツ)のキャプテン(3年生)です。入学時から一緒に活動してきた仲良しの同級生メンバーがいますが、友人は成績が振るわないことから次の試合ではレギュラーから外し、成績の良い1年生を抜擢する事になりました。あなたはどのようにそれを伝えますか。


 控室に集合した受験生は、最初の面接開始時刻の3分ほど前になると、係員によって控室から最初の面接室の前に誘導されます。そこには時間割とともに電波時計も用意してあり、開始時刻になるとノックして面接室の中に入って面接を受け、8分ほどで1つの面接が終わると部屋を出て次の面接室の前で待機し、開始時刻(10分毎)が来ると再びノックをして中に入るを繰り返します。

 初めの2つの面接室は、本人が作成した志願理由書を基に、評価者が志望理由や社会的な活動経験などを問い質すというオーソドックスなスタイルで行われます。後ろの3つの面接室では、中に入って着席すると、机の上にシナリオ(課題)が記されたカードが用意してあり、受験生はそれを見て解答を始めるのです。

<中編へ>
(出光 直樹)

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定員割れ大学集まれ!!

 定員割れを起こしている私学にとって恐ろしいニュースが流れました。「定員割れ私大、補助減額 財務省検討、経営改善促す」という記事です。8月20日の日経新聞には

財務省は定員割れの続く私立大学について、国からの補助金の減額・停止を検討する。 (中略)
補助金を受け取る私大のうち40%は5年連続で定員割れに陥っている。財務省は補助金頼みの経営に限界が来ているとみる。

 18年度からは補助金を配る要件を厳しくし、定員割れが続く大学への配分を減らす方向だ。定員割れが数年続いたり、経営状況の改善がなかったりした場合、補助金の打ち切りも検討する。
と書かれていました。

 たとえば、この問題に直面している「定員割れ大学の40%の方々に危機感はあるのか」と問われたとしたら、おそらく多くの当該大学の方々は「危機感はあるが、なすすべがない」と答えるのではないでしょうか。若しくは、「危機感などなく、楽観的な意見が横行する」としかいえない。それほど、私学人はぬるま湯につかり続けていたといっても過言ではないでしょう。とはいえ当該短大に勤務する私でさえ、そんなに急激にルール変更されても、組織として対応できないことは即決でわかるので、「なすすべがない、いわれた通り従います」としかいえないでしょう。それはまるで、ゲリラ豪雨が突然やってきて、川が氾濫し家が流されるくらいの衝撃的なことと似ています。まさかこの地域にやってくるとは・・・ゲリラ豪雨が、この地域にやってきたら危険だろうな、避難場所はどこだったっけ、浸水前に車は何処においておけばいいかな、くらいしか感じていないのと同じように、誰もが数年前からこの日が来ることを、薄々と感じていたはずです。

 補助金がカットされるその先には、募集停止が待っています。その時に悲しむのは、在学生、卒業生とそこに関わってくれたすべての人が挙がるのは間違いないでしょう。その職場で禄を食んでいる教職員の次のことを考える前に、この問題が起きることを認識し、大きな責任の下に今の我々の立ち位置があることに気づくことが大切です。

 大きな変革期に入ったこの時に、まさにその現場で働いていることに感謝し、それを多くの人たちと語り合い、この苦難を乗り越えられる仲間づくりが重要課題になりますね。

 定員割れ40%の大学は、そこここに沢山あるのです。うちは大丈夫だなんていわないで!転職しようとも考えないで!せっかくなのでこの場を切り替える何かを考えましょうよ。FMIICSには、そのシーズがあるのかもしれないと期待している私です。

(秋草 誠)

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2017年07月27日

『オックスフォードからの警鐘 − グローバル化時代の大学論』


 苅谷 剛彦 著 中公新書ラクレ(2017/7)

序章 日本の大学が世界の「落ちこぼれ」になる
第一部 「スーパーグローバル大学」の正体
1 「国際競争力」という幻想
2 オックスフォードから見た日本
3 スーパーグローバル大学のゆくえ ― 外国人教員「等」の功罪
第二部 文系学部廃止論争を超えて
4 国立大学の憂鬱 ― 批判のレトリックをめぐる攻防
5 文系学問の国際貢献と大学ランキング
第三部 海外大学・最新レポート
6 EU離脱と高度化人材
7 グラマースクール復活から見るイギリスの教育論議
8 どこでも行ける者と留まる者
9 教育の不平等をめぐる国際会議
第四部 ガラパゴスからの脱出
10 大学院競争に乗り遅れる日本
11 成人力がトップなのに生産性が低い理由
終章 「グローバル大学」への警鐘 ― 日本の大学は何をめざすべきなのか?

 東京大学で学士・修士と修め、米国のノースウェスタン大学でPhDを取得し、東京大学教授から2008年よりオックスフォード大学の教授となった教育社会学者による、日本の“ガラパゴス化”した“グローバル大学”批判の書。2014〜2017年に学術誌・雑誌・新聞等で発表した論考(序章と1〜11)を加除修正し、書き下ろしの終章を加えて構成されています。併せて、2012年に同じく中公新書ラクレで「グローバル化時代の大学論」としてシリーズ刊行された『アメリカの大学・ニッポンの大学 ― TA・シラバス・授業評価』『イギリスの大学・ニッポンの大学 ― カレッジ、チュートリアル、エリート教育』も一読すると、より背景の理解が深まるでしょう。

 スーパーグローバル大学を巡る狂騒や、文系大学廃止論争の沸騰、大学院教育の振興と高度化人材の獲得競争(に遅れる日本)、といった問題を通じ、日本の教育政策に大きな影響力を持つようになったグローバル化という言葉が、現に社会で起きている社会変動の実態を表すよりも、イデオロギーとして用いられる側面が強く、実態の理解よりも外部に創られた序列(世界大学ランキング)に迎合していることが、日本の大学(政策)の混迷や迷走の背景と指摘します。

 日本の大学(政策)が取るべき道は、日本語での教育研究が可能になった知の遺産と独自性を活用し、自分たちの内部に参照点(自分たちにとって大学とは何か、何をすべきところかという原点)を持つこと。それは大規模研究大学に限らず、短期大学も含めて全ての大学人が肝に銘ずるべき事と思います。

(出光 直樹)

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2017年07月26日

短大は生き残るか?

 前回の保育系学校選びのポイントの中で、四大への進学について説明しました。では、短大はどうなるのかを説明します。その前に少しだけ、昨年10月頃にメディアで取り上げられたニュースでの問題のおさらいをします。当時は、保育士の給与は安く(手取り13万〜14万円)、労働環境が悪いなどと報道されていました。これについては、高校生や保護者と高校の先生がたも信じていたようでしたので、これは全国平均の金額だと、ことあるごとに説明していました。本学の近隣では手取り16万〜17万円です。ある県では、初任給が10万円強で、なおかつ専任として採用されない地域もあることも説明しました。これは高卒が工場のラインで働くより、条件が悪いのです。こういう地域もあるので、全国的にみると労働条件が悪いと報道されてしまったことを説明し、理解していただきます。お蔭様で、近隣の高校の先生方や生徒・保護者には、広く理解していただけたようです。

 この問題をクリアしても、短大の生き残りがどうなるかという根本的な問題が残っています。私は全国に大学関係の友人がいるので、情報が入ってきますので整理すると、地方ではすでに生き残り確定の短大も出ていると思っています。これについては、立地条件や競合校などが絡み合う問題なので、一概にいうことは出来ませんが、地方のある地域では如実に表れていることを知っています。果たして、この流れは都心部だとどうなるのか、未だ見えてきませんが、事実だけを積み上げてみます。来年度、募集停止を決めた立教女学院短大の今年の入学者は、定員300名の8割強の状況だと聞きました。さすが立教女学院さんは募集停止が決定しているのに、強い募集力だなというのが本音です。この他に渋谷区にあるブランド短大も募集停止を考えているようです。都心ではこのほかにも、四大併設の短大は募集停止を考えている学校もあるようです。まさにこの状況を見ると、短大は生き残れるのかという議論が高まると思うのです。コップの水が、半分の入っているのか、半分しかないのかに似ています。高校現場の先生方と話していて、不景気で進学するのも大変だ。という一方で、最近は四大志望者が増えているという話に似ています。

 この中で短大が生き残っていく、道があるのかを考えることが、学生募集の先方隊で戦っている私の仕事だと思っています。

 結論は、短大進学者の数はある一定で下げ止まり、多くの四大併設短大が無くなった後までこらえ切れた短大は生き残ることが出来ます。それまで、多くの短大がマーケットから消えてなくなるのでしょう。その時に、日本私立短期大学協会が存在しているのかは、神のみぞ知るですね。

(秋草 誠)

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2017年07月12日

FMICSの総括の日

“合議制のカルト集団”…去る3月に高橋真義さんとともに桜美林大学を定年退職となり、今後は教育関係の付き合いから足を洗うと宣言していたものの、今回やはりというか、先日のFMICSシンポジウムに登場していただいた諸星裕先生が、工学院大学で開催してた頃(おそらく2000年か1998年)のFMICSシンポジウムの壇上で述べたのが冒頭の言葉。当時は私学事業団に在職していた高橋さんを中心に、そうそうたるメンバーがワイワイがやがやと熱く運営しているFMICSの姿を、言い得て妙な表現だと心に残っていました。

 諸星先生が最初にFMICSの月例会で話をされたのは、秋田県の国際教養大学の前身とも言えるミネソタ州立大学機構秋田校の学長として、同校の運営を軌道に乗せていた1990年代初頭の頃。振り返ってみれば、日本の高等教育をめぐるチョットした歴史ともいえる月日が流れている訳です。

 さて今回のシンポジウムでは、私は「総括」のお役を仰せつかりました。なぜか予めレジュメを作成しておかなければならないので、議論の方向を予想しつつ「まとめときづき」「自分自身の当事者になる」「1人1人の新たな縁へ」との3点を準備しておいて、その日のシンポジウムを振り返ってのコメントをしましたが、当日に4点目として付け加えてお話(ご提案)したのが表題の「FMICSの総括の日」です。

 これは結論から言うと、FMICSの軌跡と意義をきちんと後世に伝える為に、来年のシンポジウムまでには、FMICSの活動に終止符を打つ=総括する日を決めましょう、という事です。

 ほぼ毎月開催し発行している月例会や会報の『BIG EGG』。伝説の『100回BOOK』や『100人BOOK』、10号くらいまで毎年刊行していた『FUSION』などなど。FMICSの歩みとその記録は、1980年代のマス化から現在のユニバーサル化した我が国の高等教育の歩みを振り返る貴重な歴史資料となるものですし、それはきとんと後世に伝えられなければなりません。

 1981年3月14日にFMICSが産声をあげた時、高橋さんは34歳。その後間もなく加わった滝川義弘さんは27歳だったそうですから、紛れもなくFMICSは当時の若手の大学人が集って成長してきた集団です。創設メンバーの大学人としての人生や当事者性が色濃く反映しているのですから、そのパッションを代替わりによって継続していくことは、まず不可能と思います。

 FMICSとは何なのか? 創設の当事者が歩んだ歴史とともに、その果たした役割を総括をして記録に残し、次の世代の人たちにはFMICSという器ではなく、それぞれの当事者性に基づいた新しいご縁の形を創ってもらう方が、そのパッションは様々な形で受け継がれていくことでしょう。

(出光 直樹)

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保育系学校選びのポイント

 保育士を目指しているのですが、四大・短大のどちらに進学したらいいのか迷っています。とか、短大と専門学校の違いって何ですか。という質問を多くの高校生からいただきます。時には、高校の先生からも同様の質問を受けることもあります。こんな時の答えは、出口から説明します。まずは、就職先の幼稚園や保育園での学歴による仕事の違いがあるのかです。これは、どの学歴でも仕事には、影響しません。保育士さんは、おむつ替えもしますし、掃除もします。幼稚園では、バスにも乗ります。というわけで、学歴によって仕事内容が変わることはありません。

 次に、学びの内容について説明します。専門学校は、仕事と直結していて実践的な技術を先生から学びます。簡単に説明すると、師弟関係のような学びで私の技術を伝えます。四大と短大は研究機関なので、研究しますが専門学校では、学生は研究しません。四大と短大には図書館を設置しなければいけませんが、専門学校には図書館がない学校や、あっても家のリビングくらいの広さの学校もあります。

 学費については、四大は約450万円、短大は約250万円、専門学校は180万円〜300万円です。収入は初任給で、四大卒業の先生が7千円〜1万円、短大や専門学校卒業の先生より多いので、四大卒業の先生の方が、年間に約12万円給与が多いです。しかし、初期投資を考えるとコストパフォーマンス的にどうなのかは、考えた方がいいです。四大と短大では、200万円の差がありますから、これを12万円で割ると16.6年でペイできる計算です。これが高いか安いのかは、保護者の方と相談してください。

 私が個人的に感じている四大へ進学する条件として、3つ挙げます。1、幼稚園の園長先生になりたい人。(本学の専攻科では、幼稚園教諭1種が取得できます)2、研究者になりたい人。(大学の教員などですが、大学院まで考慮しましょう)3、家庭が裕福で、勉強が好きな人。上記の条件の方には、四大をお勧めします。これ以外は、短大か専門学校で充分です。

 学校選びのポイントとして、1都3県の東京・神奈川・埼玉・千葉について就職率は、ほぼ100%に近いので、就職率がいいのは当たり前だと考えてください。それよりも多くの生徒が不安を抱えるピアノについて、確認してください。保育系の学校の多くが、ピアノは初心者でも大丈夫といっていますが、そのための環境が整っているかです。本学には、ピアノ個人レッスン室の個室が46室あり、電子ピアノは48台、合計で94台のピアノは、誰でも使用できます。初心者でも大丈夫といいながら、個室がほんの数室しかない学校もあるので、確認してくださいと、迷っている方にはお伝えしています。5〜6年前は高校の先生方の中に、保育分野は四大へといっていた先生が目立っていましたが、最近は短大がいいといってくれる先生も増えてきました。

(秋草 誠)

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2017年06月07日

さようなら理科館!お別れ会

 去る4月22日(土)、表題のイベントが横浜市立大学の金沢八景キャンパスで開催されました。このイベントは、1970年に竣工した「理科館」(理系の研究室が入っていた建物)が、老朽化に伴い取り壊されるに際して、卒業生や学生・教職員によびかけて開催したものです。

 私自身はこの企画の直接の担当では無かったのですが、このイベントのアイデア自体は、私の発案が担当者を通じて実を結んだものでした。本当は先月号の小欄にて様子を報告するべく、私も楽しみに参加する予定でした。しかし前日の夜に突然体調を崩して救急搬送され、命に別状はなかったものの、数日は安静を強いられていたために、このイベントへの参加はおろか、原稿掲載も見送ってしまった次第です。

 さて当日の様子は、大学のWebサイトや、Facebook内に設けられたイベントページに掲載されていますが、300人以上の方々(上は70代の方から、比較的若い卒業生の赤ちゃんまで)が集まり、機器が撤収されて空になった建物の内部を見学し、一角に設けられた落書きコーナーに思い思いのメッセージを残し、懇親会にて旧交を温められたようです。Facebook内のアルバムには多くの写真が収められていますが、研究に明け暮れた学生時代の思い出を懐かしんでいる様子が、皆さんの愛おしそうな表情から伺えます。

 古い建物を壊す際にお別れのイベントを開く、というアイデアは、以前からうすうす考えていたものです。たしかFMICSの月例会か合宿のオールナイトの議論か何かだっと思いますが、卒業生にとって自分の記憶のある建物がキャンパスから無くなってしまうと、母校という感覚が失われてしまう、というような話しがあったのが、長らく印象に残っていました。また、数年前に東京電機大学が神田から北千住に移転した際に、古い校舎(それでも高層でなかなかのものですが)を使ってアート作品の展示イベントが行われ、それを実際に見に行った事もヒントになっています。

 今回取り壊しになった「理科館」は、それこそ昼夜を問わず学生達が研究に打ち込んでいた建物です。老朽化で新しい建物に変わっていくことは不可避であるにせよ、その建物が無くなる際には、当時の関係者に呼びかけたお別れの集いを持って“供養”をし、替わりの新しい建物を紹介して行くことが事が大切だと思います。

 自分自身が参加できなかったのは、つくづく残念でありましたが、イベントが実現した事ともにうれしかったのは、普段からキャンパスツアーを手伝ってくれている現役の学生で、しかもこの建物にはあまり縁のない文系の学生も何人かこのイベントに参加して、知られざる大学の一面を楽しんでくれた事でした。

(出光 直樹)

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大学のアルアル

 5年前から、毎年6月と9月に青森県と秋田県に高校訪問に行っています。まずは、青森県の八戸からスタートします。今年、八戸の駅に到着して気づいたのは、降りるお客の多さです。駅の観光案内の人に「観光客が増えましたか」と質問すると「ハイ、最近増えてきました」という答えでした。同じようにレンタカー会社の人にも聞いてみると、やはり観光客は増えたというのです。レンタカー会社の方に「八戸の魅力が広がってきた結果ですね」と確認すると、「田舎なのにどこがいいのですかね〜」というのです。すかさず、「だって八戸には朝5時からやっている天然温泉の銭湯が市内に約50カ所もあるし、日曜日の朝市は多いときは500軒の屋台が出るし、平日は一般人でも市場で新鮮な海の幸が廉価でいただけるし、夜は26軒の屋台があるみろく横丁で楽しめるじゃないですか」というと「お客さん八戸のことをよく知っていますね」といわれました。「でも他の町では、朝5時から銭湯はやっていないのですか」と不思議な顔で尋ねられたのでで、「恐らく八戸だけだと思います」というと驚いていました。普通だと思っていたことが、地元だけだと気づくと驚きに変わるのです。

 私は、新しい土地に行くと必ず次のことを聞きます。その町の人口はどれくらいか、学生の住む家賃はどれくらいなのか、自慢の場所は何処か、地元の人が好んで食べる食べ物や飲むお酒は何かなどです。

 そして、そこで得られた情報を元に行ってみますし、食べたり飲んだりするのです。その次の行動は、高校訪問した先生方に、あの景色はきれいだったとか、美味しいごはんだったとか、お酒が最高だったという感想を伝えます。地元のことを褒められて悪い気がするはずがありません。そうすると会話が弾み、今度はあれを試してみてくださいとか情報をいただけます。それをまた試していくと地元の情報がドンドン集まります。このおかげで、先生方との距離がグーンと縮まります。

 ここで気づいたことは、先生方は「自分たちは好きだけれど、ここは都会の人には田舎過ぎて、理解されないだろうな」という気持ちがどこかにあるということでした。せっかくの魅力を他県の人には伝えていないということです。

 まるで、大学と同じだと感じました。大学の教職員で自大学の悪いところを沢山見つけて発信している人の多いこと。どんな土地だって、大学だって魅力はあるはずなのに、あまりにも身近過ぎて見えなくなってしまうのでしょう。どんな組織だって、どんな場所にだって、他人が見たらいいところがあるはずです。それを見つけて魅力発信していくことが、重要だということを改めて感じます。あれがない、これがないと悩むより、アルアルを見つけましょうよ。

(秋草 誠)

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2017年04月27日

元気な大学創り

 最近、学生募集に苦しむ大学の方々から、相談を受けることが多くなりました。そういった事情の大学の方々との面談の中で感じたことがあります。それは、どこの大学も悩みは同じだということです。以前からの知り合いも、人づてに初めてお会いする方も、同じような悩みなのです。その方たちがいう学生が集まらない理由として挙げられるのが、「広報戦略がない」「広報担当者が勉強をしていない」「新たな企画を提案をしてもコンセンサスが得られない」「組織が上手く回らない」「上がいうことを理解してくれない」等です。最近は、相手から相談を切り出す前に、「現在、あなたの大学では上記のようなことが起きていて悩んでいるのですよね。」と具体的な話を交えながら質問をします。すると、みなさん「なぜ、わかるのですか?」と不思議そうな顔で私を見ます。種明かしをすると、まずは相談の電話が入ってくると、HPや広報関係で付き合いのある業者から情報収集します。そして、高校の進路担当の先生方に何気なく、当該大学の印象などを聞き込みします。大体、それで状況は掴めますから相手が私の前に現れた瞬間で、ほとんどのことができます。というわけで、そこからは内部と外部の対策を少しずつ気づかせながら話します。

 先ずは、入学者のエリアと対象高校の偏差値の確認です。この質問にさえ、答えられない方が大半ですので、ここは宿題とします。次に広報予算の配分がどのようになっているかです。これも明確に応えられる人は少ないです。次に、高校生との直接接触の重要性を理解していただきます。具体的には、オープンキャンパスとガイダンス状況の確認と変更点です。オープンキャンパスについては、とにかく在校生と高校生が数多く接触する機会を作ることです。ガイダンスについては、なぜガイダンスに参加できないのか、高校から呼んでもらえるようにするには、どうするのかです。

 このあたりまで、話を進めると大体自大学の進む方向が見えてくるようです。ここからは、学内事情に言及します。多くの方は、自分は一生懸命に大学を思って、頑張っているといいます。他の人たちは危機感がなく、何も考えていないというニュアンスです。しかし、ここがポイントなのです。「アナタは、学内の人たちに現状を理解してもらえるうな行動をしましたか? もし、動いたとしたら、どんな方法で動きましたか?」と質問します。ほとんどの方は、理解してもらうための行動をしていません。ここで若干アドバイスします。

 まあ、ここまで気づきを得られれば、元気になってくれて、翌日はお礼のメールが届きます。この返信には、多くの方からお礼メールを頂くが、モチベーションは3日以内に下がることを伝えます。そして、モチベーション維持のため FMICS の参加行動という言葉があればいいことも。

(秋草 誠)

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2017年04月04日

『アメリカン・ロイヤーの誕生: ジョージタウン・ロースクール留学記』


 阿川 尚之 著 中公新書(1986/10)

プロローグ 三人のロイヤー
T ジョージタウン・ロー・スクールへ
U 第一学年秋学期
V 第一学年春学期
W ワシントンの夢、ニューヨークの夢
X お茶の子さいさい
Y 司法試験狂騒曲
エピローグ ロイヤー誕生

 慶應義塾大学総合政策学部の教授や学部長、駐米大使館の公使を歴任した著者は、今でこそ著名な法学者・エッセイストとして、多くの著作を残していますが、本書はその最初となるものです。 1951年生まれの著者は、慶應義塾高等学校(2年生の夏にハワイへ短期留学を経験)から慶應義塾大学法学部政治学科に進学し、そこから留学したワシントンDCのジョージタウン大学(スクール・オブ・フォーリン・サーヴィス)を卒業して、1977年にソニー株式会社に入社。会社の留学制度を利用して、1981年8月から1984年5月までジョージタウン大学のロースクール(3年制JD課程)に学び、同年7月にニューヨーク州の司法試験を受験します。そして受験後も会社の了解を得て米国滞在を延長し、8月から翌1985年3月まで、ニューヨークの法律事務所で働いてから帰国し、毎月会社に提出していた報告書を基にして本書を世に出します。

 その内容は、当時の日米関係のイシューであった通商問題を担当していた会社員として、交渉相手として接するアメリカの弁護士の存在やその有り様への関心から始まって、LSAT受験やエッセイ・推薦状をとりまとめてのアドミッションのプロセス、毎学期のハードな授業内容や死力を尽くしきるような期末試験、多様な教員やクラスメートの生態、夏休みの法律事務所での実習生体験、司法試験の受験から弁護士登録に至るまで、アメリカの弁護士養成の世界が、生き生きと描かれていています。

 30年も前に刊行された本ですが、最近どこかで紹介されていたので気になり手に取ってみたところ、引き込まれるように一気に読み進めてしまいました。新品でも中古でも入手は容易なようですが、おそらく日本語で書かれたアメリカのロースクール体験記(特に外国人留学生向けの1年制LLM課程ではなく、米国の司法試験受験の要件となる3年制JD課程のもの)としては、未だに貴重な文献でしょう。

 職能集団が成立する社会のシステムや養成制度とは何なのか。典型的な資格専門職である弁護士であれ、我々のような大学職員であれ、昨今の我が国で議論されている専門職養成(特に文系)の課題を考える上でも、とても示唆に富んだ一冊と思います。

(出光 直樹)

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