2016年12月28日

答えはひとつではないのに

 平均寿命が延びて、多くの高齢者が様々な場で活躍している姿を目にします。平日にゴルフ場にいっても若い人は少なくて、高齢者の方々が元気よくプレーしているのを見かけます。平日の昼間の電車にも、席を譲ったら叱られるのではないかと思うくらい、元気でハツラツとした高齢者が多くいます。現在身近にいる多くの高齢者の方が、昔の高齢者よりも若くて元気な人が多くいます。

 一方でなんだか覇気のない若者も多く見かけるようになりました。いつの間にか、週末に飲んで騒いでいる若者を見かけなくなり、社会全体に活気がなくなってきたように感じています。24時間営業のファーストフード店で夜中に働く人が少なくなって、営業が出来ない店もあるそうです。ハングリーという言葉を耳にすることもなくなりました。がむしゃらに働いてお金を貯めるという人も、少なくなってきていると思います。若者の価値観やコミュニケーションの取り方に変化が訪れているといえるでしょう。

 そんなことを考えながら、改めて「ゆとり世代」をネットで検索してみました。ウィキペディアから「ゆとり世代」の文化と特徴は、「情報化社会の急速な発展の中で成長した世代で、幼少期にはポケットベルが隆盛を迎え、PHSも登場、学齢期には携帯電話の普及率が上昇、飽和化し、インターネットも爆発的な発展をとげ、メールをはじめmixi、twitter、Facebookに代表されるSNSやソーシャルネットワークがコミュニケーションツールとして完全に定着した。バブル経済崩壊のあとに長らく続く経済停滞の風潮を受け、戦後の経済成長期の世代と比較すると堅実で安定した生活を求める傾向があり、流行に左右されず、無駄がなく自分にここちいいもの、プライドよりも実質性のあるものを選ぶという消費スタイルをもっている。また、結果を悟り高望みをしないため、この世代は「さとり世代」とも呼ばれている。」とあり、まさに私が感じている若者たちでした。「堅実で安定した生活」の裏には、「失敗をしてはいけない」という気持ちがあります。「失敗したくない」ために職場で確実な答えが欲しいのです。出てくる言葉は、「教えてもらっていませんから、できません」心の中では、「教えてくれればできます」と思っています。堅実なので、一問一答の確実な答えが必要なのです。そうはいっても、職場では教えてもらったことと、少し違ったことにも対応しなければいけない状況は次から次に起きます。これに対して、ひとつずつの答えが欲しいのです。

 ですから、「この間、教えただろう!」といわれ、心の中で「前回とは違います」といっています。このギャップに問題があると感じています。最近は、このギャップを埋めるためのプログラムを考えていますが、いまだ答えが出ていません。わかっているのは、アクティブラーニングではないだろうな〜ということだけです。

(秋草 誠)

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2016年11月28日

隠れキリシタンではなく堂々と

 大学職員を主たるターゲットにした大学院である、桜美林大学の大学アドミニストレーション研究科の関係者によって使われるジャーゴン(業界用語?隠語?)に“隠れキリシタン”があります。おそらく他の社会人大学院でも通じるのではないかと思うのですが、職場に内緒で大学院に通っている人を意味する言葉です。

 大学職員が大学院で学ぶ事が、江戸時代のキリスト教信仰の様に法令で禁止されている訳でもなく、はたまた職場の就業規則で禁止されているケースも恐らく皆無だとは思いますが、職場の理解が得られそうになかったり、無用の軋轢を避けるためなどの理由から、職場には内緒で学びに来ている人は、少なからずおられます。

 悲しいことではありますが、教育機関で働いているのにも関わらず、大学職員の世界では働きながら学ぶことを快く思わない気風が、まだまだ見受けられるようです。また職場に内緒にせずに学んだ人の場合でも、やっとの思いで大学院を修了した際にわが事の様に喜んで祝福してくれたのは教員の方々で、事務職員からの反応は淡泊なものだったという事も、よく聞くエピソードだったりします。

 とは言え、これから大学院等での就学を考えている大学職員の方から相談された場合には、様々な事情により一概には言えない面もあるかもしれませんが、職場に内緒にせずに堂々と学ばれるべきだと、私はアドバイスしています。

 大学職員に限らず現職の社会人が大学院で学ぼうとする動機には、学んだ事が即効的に役に立つかどうかにかかわらず、学ぶことによって自分の仕事をより良いものにしていく事が、多かれ少なかれ含まれていると思います。とは言え、大学院で学んだ事が短期的に役に立ったり、特権的に力を発揮するという事はほとんどないでしょう。大学職員を含む事務系の仕事というものは、利害関係者と関わり交渉しながら遂行していくものであり、頭の中の知識のみでポソッと勝ち負けが決まるようなものではないからです。

 ですので、軋轢を避けて自分が大学院で学ぶことを職場に隠しているようでは、学んだ事を良い仕事に結びつけられるのかどうかも危ぶまれます。同僚や上司からの抵抗があったとしても、しなやかに乗り越え、少しずつでも理解を取り付けていく事こそ大切な1歩。ひけらかす事はありませんが、堂々と学んでいく事こそが、良い仕事に結びつくと思うのです。

(出光 直樹)

【追記】12月17日(土)の午後、桜美林大学の四谷(千駄ヶ谷)キャンパスにて、大学アドミニストレーション研究科の説明会と、大学職員の学びをテーマとした公開の研究会が開催されます。

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安心して働ける?

 最近の私は企業の人と会うと必ず、二つの質問をしています。一つ目は、今年の新入社員は何名だった。そして、何人が辞めたの?二つ目の質問は、あなたの職場や友人にうつ病の方はいますか?という質問を投げかけます。一つ目の答えは、すでに辞めた人がいる会社が多いです。二つ目の答えは、ほぼすべての人がいると答えます。

 なんだか私たちの暮らしている空間の居心地の悪さが、二つの質問で明確になってきた感じです。どうしてこんな空間になってしまったのだろう?

 多くの高校生と大学生を見てきた私が感じることは、30歳前後の人から大きく価値観が変わっているように見えます。この人たちの価値観は、答えは一つしかないので、それ以外の答えが浮かばないので発言が出来なくなるようです。頭の中では、「間違っていたらどうしよう。バカだと思われるのが嫌だ。会話中のどこで発言すればいいのだろう。」とグルグル思考が回っているようです。結局は、「黙っていればどうにかなるんじゃないか」という感じです。

 そんな人たちが、その先を求められると「答えを先にください。どこで発言するか合図してください。」と言動に表れてきます。それを見ている我々先輩は、「そんなことわかるだろう!この間もいっただろう!何回同じこといわせるんだ!」と勝手に切れてしまいます。

 そんな言葉を浴びせかけられた人の行く末は、辞めるか!病気になるか!しかないですね。こんなことが、どこの現場でも同じように繰り返されています。そんな空間で暮らしている私は、今後日本の社会で発展していく企業のカタチを考えてみました。若い人たちがどうしたら、安心して働けるのかです。それが、問題発見解決型の人間力を養成することだといえます。でも、ここが問題ですよね。答えはわかっているけど、それをどのように具現化するかわからない。ここで教育機関にアクティブラーニングとラーニングコモンズの登場です。あぁ・・・なんてことを、これで解決できるわけがない。

 人々がいやすい空間をどのように創りだすかが問題なのに・・・難しい話ではありません。人は一人では生きていけません。昔からある心を忘れないことです。「感謝する心を忘れない人」「ごめんなさい、すいませんがいえる人」「人を責めず、お互い様といえる人」「あなたがいるから幸せだと伝えられる人」そんな人になれる空間を創りだせばいいだけです。もし、この4つのことを常に考えている組織だとしたら、辞めますか?病気になりそうですか?こんな単純な話を大学で「事例や論文があるのか」なんて、難しくするのは、もうやめましょうよ。企業にお願いしたいのは、“安心して働ける職場作りをしてください”だけです。

(秋草 誠)

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2016年10月25日

新テスト・記述式試験の行方<後編>

<中編から>

 国立大学協会の「論点整理」(8月19日)や、文部科学省の「高大接続改革の進捗状況について」(8月31日)において、新テストの記述式試験の具体的な実施方法に関する複数の案が示され、その中でも、答案の採点を受験生が出願する各大学が個別に実施する案がクローズアップされてきました。

 それに対し日本私立大学団体連合会は、10月5日に「『大学入学希望者学力評価テスト(仮称)』の検討状況についての意見」を発表し、記述式問題を各大学が採点する案について、反対を表明しました。理由として挙げられているポイントは2つで、1つは共通テストとしての採点の信頼性・妥当性に関する懸念、そしてもう1点はやはり、2月上旬から個別入試を実施する私立大学にとって、新テストの記述式試験の採点をするのは実質的に不可能という点です。

 しかし10月18日の毎日新聞の報道によれば、それでも文部科学省は、各大学で採点する方針を固め、11月4日に開催される国立大学協会の総会で説明する方向で調整しているとのこと。これが本当だとすれば、あまりにも残念な対応です。

 そもそも記述式問題の具体的な採点方法については、「高大接続システム改革会議」の最終報告や「高大接続改革の進捗状況について」においては、問題形式や回答字数等の諸条件に応じた採点者の実働人数や日数等の詳細な試算は示されているものの、その担い手としては、民間事業者の活用ということがさらっと書かれているだけで、その点の想定があまりにも甘かったのでしょう。答案のOCR読取やクラスタリング等の採点支援システムを活用するにしても、50万人を超える答案を採点するとなると、多数の採点者に対する研修等もしっかりと手当しなければならないのです。

 しかしそうであればこそ、記述式試験の採点者は受験生を送り出す側の高校教員こそ担い手とし、記述試験の導入が、受験生のみならず高校教員にとっても能力開発の機会となるように位置づけるべきだと思うのです。記述式試験の導入にあたってモデルとして参照されている諸外国の共通試験では、採点者は高校教員が担っている例が多く見られますし、2016年5月号の小論で紹介した米国のAPも、高校と大学の教員が共同して記述式問題の採点を行っています。

 もちろん現行の1月実施のスケジュールでは、高校教員の参画は難しいでしょうから、少なくとも記述式試験は12月頃に実施して、年末年始の期間を利用して採点にあたることが現実的でしょう。高大接続改革が、単に大学入試だけでなく高校教育・大学教育の改善を含めた一体的なものと掲げているのであればこそ、文部科学省には政策官庁としての気概を発揮して、高校の協力も取り付ける形での実施案を取りまとめてほしいと思います。

(出光 直樹)

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カルチャーが人を救う

 先日、IT企業の営業マンのTさんが来学し、本学のネット環境などの様々な提案をしてくれました。そのTさんがあまりにも、イキイキと輝いて見えたので、少し意地悪な質問をしてみました。「ところで、今年の御社の新入社員は何人辞めたの。」最近の私は、企業の方と話す時は、この質問をします。この質問のTさんの答えがとても印象的でした。「弊社では、3年間で一人しか退社していません。その一人は勉強をするために辞めました。」という驚きの返答でした。ここで興味がわいたので、なぜ、辞めないのか理由を聞きました。するとすかさず、「弊社には15のカルチャーがあり、そのカルチャーを全社員が遵守しているからだと思います。」というのです。その15のカルチャーは以下の通りです。

 1、組織成長への貢献、2、本質の見極め、3、スピード&クオリティ、4、プラステクノロジー、5、他部署への尊重、感謝、6、期待+α、7、脱・受け身、8、他責の否定、9、法令とモラルの遵守、10、Execution、11、創造のための効率化、12、変化を楽しむ、13、素直・謙虚・率直、14、迅速なリスク対応、15、知的好奇心の探究。

 なんと素晴らしい話だろうと思い、もうひとつ突っ込んだ質問をしました。「若い人たちは自己肯定感がなく、どこかに正解があると思っていて失敗したくない傾向が強い人が多いが、その対応策はどうしているのか。」すぐに却ってきた言葉が、「それに当てはまるのは、5番の他部署への尊重、感謝です。他部署の存在のおかげで、自部署の業務が成り立つ。私たちは得られる情報や経験の差を認識し、理解を深め、協力しあえる組織である。」と応えてくれました。そして、「答えは教えずに、なぜわからないのか、なぜ出来ないのかを一緒に考えるという仕組みが出来ていて、一緒に働きたいと思える仲間を作っています。」とアッサリと応えられました。Tさんは久しぶりに出会った、素敵な営業マンです。このTさんのような人たちが沢山いる会社となら、一緒に仕事がしたいと誰もが思うのではないでしょうか。

 よく聞くと業界では2番目に大きな会社で、社員は500人を超えているといっていました。500人の社員がいて、3年間で一人しか辞めていない会社なのです。思わず出た言葉が、「本業のITの営業もいいけど、人材育成のコンサルをした方がいい。最近の企業は、人材が辞めてしまうことの対策が出来ていないので、必ず売れるはずだ。」というのと、同時に考えたのは、Tさんの会社のカルチャーが大学の中退問題の解決に繋がらないかです。一度、Tさんの会社に伺ってその空気を感じてみたいと思いました。

(秋草 誠)

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2016年10月03日

新テスト・記述式試験の行方<中編>

<前編から>

 8月19日に国立大学協会の「論点整理」が公表された後、8月31日に文部科学省は「高大接続改革の進捗状況について」を公表しました。この中で、現行の大学入試センター試験に替わる新テスト・「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」における記述式試験の導入と実施時期を含む全体の制度設計については、先の国大協の「論点整理」と同様な、以下の3つの案が示されています。
 
【案1】1月に実施し、センターが採点する案

【案2】12月に実施し、センターが採点する案
 @記述式とマークシート式を同一日程で採点する案
 Aマークシート式は従来通り1月に実施し、記述式を別日程で実施する案

【案3】1月に実施、センターがデータを処理し、それを踏まえて各大学が採点する案

 それぞれのメリット・デメリットについての見解も、先の国大協のものとほぼ同じですが、国大協の検討案では避けられてたマークシート式と記述式の別日程での実施案も、案2Aとして列挙されいます。国大協の文書も文科省の文書も、各論併記で特定の案が有力と明記している訳ではありませんが、現行の入試日程の枠組みを前提とすれば、比較的出題・採点の制約の少ない「各大学での採点案」が有力かの様に受け止められ、報道でも強調されているように思います。

 しかしこの各大学での採点案は、おそらく採用されないのではないかと私は思います。1人の受験生の答案を、複数の大学が重複して採点する事の無駄や、入試業務以外でも多忙な各大学教員の負担増への反発もそうですし、2月上旬から合否発表が相次ぐ私立大学の入試日程のから見てみれば、多くの私立大学はこのスキームに乗ることは出来ないでしょう。国公立大学の中ですら、個別採点の負担から記述式試験を利用しない大学・学部が続出することも考えられ、国家的事業としてすすめる高大接続のインフラ造りにふさわしい発想とは思えません。

 新しいインフラを機能させる為には、現行の入試日程の前提そのものを見直して考えるべきであり、新テストを12月に実施することについて積極的に検討すべきと私は思います。受験日程が前倒しになることについての高等学校側の反発が取りざたされますが、すでに推薦入試やAO入試が早期に実施され、一般入試にも活用されつつある英語資格の検定試験なども12月以前に受験をしているのです。そもそも、国公立大学の一般入試受験者の進路決定(合格発表)が、多くの生徒にとって高校の卒業式以降となる3月中旬以降という現行日程こそが不自然であり、高校3年生の2学期に教科に関わる学力試験が実施されることについてタブー視するかの発想は、見直すべきだと思うのです。

<後編へ>
(出光 直樹)

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器は大きく! 入れたら出す!

 自然の摂理は、「入れたら出す」ですね。たとえば、車にガソリンを入れたら、動力となって車を動かすことに変わります。人間も栄養を摂って動き出すように創られています。これが自然なのですが、どうも現実の世界では、何かの知識を入れてしっかりと吐き出すことが出来ない人が大勢います。そのため、吐き出すトレーニングが必要になります。これを大学職員に例えると、学会や勉強会・セミナーなど、様々な場所で入れてきた知識を上手く吐き出せない方が多数いることに気づきました。そんな方々の口々から出てくる話は、大学改革をしたいけど「上が悪くて」、「勉強しなくて」、「理解してくれない」などの言葉がならびます。気持ちはよくわかるのですが、アナタの中にあるその知識をしっかりと伝える努力をしていますか、相手が聞いてくれないのは、アナタにも責任があることを気づいていますか。と問いかけたくなります。

 今回のFMICS例会では、いいたいことをいわせていただき、その中で参加者のみなさんの反応の良かった点を記します。私が常々思っていることは、同じ日本語を話しているのに相手に上手く伝えられないことがあるということです。その原因は、持っている情報の量や質が違うので、同じ言葉を使っても受け取り方が人それぞれ違ってしまうのです。だとしたら、やることは決まりますよね。相手にも自分の持っている情報を共有していただくことで解決策が見えてくるのです。そのために具体的に何をするのか?私は新聞、本、雑誌、セミナーなどの資料から、気になるキーワードの所にラインマーカーを引きます。(なるべく短めに)それを情報共有したいと思う人(理事長や学長など)に持っていきます。そして一言、「お忙しいでしょうから、ラインマーカーの部分だけ読んでください」とお願いします。すると人間は、その周りにある文章も読んでしまうという習性があるらしいです。というわけで、これを繰り返し行うことで、情報共有は出来てきますし方向性も一致するはずです。ここまでできれば、後は会議などで相手を否定せずに発言すればスムーズに事は進むはずです。

 私の辛口の友人Sさんが、最近は「外で元気な大学職員」が増えてきたと思います。といっていましたが、まさに外で元気を出して、うちでも元気を出していただきたいと感じています。大学改革を外で大きな声で話すのではなく、この方法で身近な仲間を作って情報共有する努力をした方が大学改革をスムーズに行えるはずです。SNSやツイッターでつぶやくのではなく、目の前にいる仲間と話をしましょうよ。綺麗な水も同じ場所に溜まっていると澱みますよね。結局は「入れたものを上手に出す」です。

(秋草 誠)

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2016年08月30日

新テスト・記述式試験の行方<前編>

 国立大学協会は、現行の大学入試センター試験の替わりに2021(平成33)年度入試(現中学2年生が受験)での導入が予定されている新テスト・「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」の実施時期や方法等、特に記述式試験の取扱いについての「論点整理」を、8月19日に公表しました。

 報道では“記述式は各大学が採点”という見出しが目立ちましたが、それだけではない以下の様な3つの選択肢が、課題を含む検討材料として提示されているのです。

【1】新テストは現行より前倒しで早期(例えば12月中旬)に実施し、記述式の採点もセンターで統一的に実施する。
●数十万に及ぶ答案の採点ゆえに記述量が短文に限定される可能性が高いものの、記述式が共通試験に導入される意義がある。
▼前倒しに伴う高校教育(課外活動を含む)への影響から、高校関係者の理解を得るには相当な困難が予想される。

【2】現行日程(1月中旬)で新テストを実施し、記述式の採点もセンターで統一的に実施するが、記述式の採点期間は多肢選択式から切り離して延長し、2次試験前期日程の直前(2月下旬)まで延長する。
●数十万に及ぶ答案の採点ゆえに記述量が短文に限定される可能性が高いものの、記述式が共通試験に導入される意義がある。
▼記述式の採点結果が、第1段階選抜には利用出来なくなる。

【3】現行日程(1月中旬)に新テストを実施するが、記述式の採点は出願を受けた個別の大学(学部)が行う。
●採点の為の時間的余裕が大きいため、回答文字数を含めて出題の多様性の幅が拡大する。また各大学が独自の採点基準を採用して主体性を発揮できる。
▼各大学の負担が大きくなり、また大学(学部)による対応が分かれる可能性がある

 以上のように、“記述式は各大学が採点”だけが示されているわけでは無く、いくつかの条件の組み合わせによる選択肢について、実施にあたって想定される課題をふまえて慎重に検討しようというスタンスです。

 なお本年3月に出された「高大接続システム改革会議」の最終報告やその前後の報道では、記述式試験の実施時期について、多肢選択式試験とは別日程で実施する案も取りざたされていましたが、今回の国大協の「論点整理」においては、“受験生にも実施を担当する大学にも過大な負担となり極めて困難と考えられる”ということで、別日程での実施の考え方は避けられていました。

<中編へ>
(出光 直樹)

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奨学金破産問題

 平成28年6月2日のNHKのクローズアップ現代で、「“奨学金破産”の悲劇」というタイトルの番組がありました。内容は29歳の保育士の美香さん(仮名)が600万円の奨学金を返済できず、自己破産の手続きに入ろうとしているという話でした。美香さんは、母子家庭のため奨学金を借りて大学に入学し、保育士の資格を取って、月14万円の手取りの中から、52,000円を奨学金の返済をしていたが、払いたくても払えない状況に陥ったという。

 平成28年6月12日の朝日新聞では、関西の女性が、大学時代に奨学金を月16万円借り、その後に専門学校に入学して10万円を借り、返済額は1千万超という状況で卒業後に結婚した。そのパートナーも500万円の奨学金返還を抱えていて、最終的には離婚し自己破産に至り、連帯保証の母親に請求が来ているという記事が載っていました。

 以前から聞いていた話だが、本学にも美香さんと同じような母子家庭の学生が、沢山いるので身につまされる思いでした。先日、うちの幼児教育学科第二部(夜間3年制)の3年生Aさんと話しました。Aさんは、東北地方から、保育士の資格を取得するために本学を選んでくれて近隣に住んでいます。親からの仕送りは一切なく、奨学金とアルバイト代で家賃、生活、学費を自分で支払っています。このAさんの奨学金は毎月10万円だそうです。3年間で奨学金の借入額は360万円になります。

 当たり前の話ですが卒業後、21歳の女性が360万円の借金を返済するということです。本学の近隣の保育士の手取りは、16〜17万円ですが、美香さんのようにならないかという心配が頭をよぎります。こんな時にいつも思うのですが、資格を取得するために本学に入学してくれた学生たちに対して、期待以上の何かを与えられたのかと自問自答しています。それは、私たち大学に携わる人間は、目の前の学生たちの現状をもっとよく見ないといけないのではないか。資格を取得し、内定して卒業できたからいいのか。本当に満足なカタチで学生たちを社会に送りだしたのだろうか。という思いです。

 国は平成29年春に、まずは無利子貸与型(第一種)の奨学金を対象に、新しい所得連動型変換方式を選択できるようにする見込みです。これでもまだまだ、現状を理解できていないと思います。第一種の奨学金の返済より、第二種(有利子)の返済のことを先に考えるべきではないかと思うのは私だけではないはずです。

 私たちは学生たちの支払う学費等で給与を得ています。それも多くの大学の教職員は、学生が卒業後に得られないような年収を得ているはずです。国が悪い、制度が悪い、最近の学生はだめだ、とかいって人のせいにして、何も変えようとしなかった私たちが学生の前に立っているということを考えると責任の重さを感じます。本当にこのままでいいのでしょうか。

(秋草 誠)

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2016年07月15日

高等教育の経済的持続可能性を支える信念

 私立大学連盟が発行する『大学時報』の2016年5月号の特集テーマは“高等教育は持続可能なのか”。OECD諸国の中で高等教育に対する公費支出が低く、奨学金も貸与型中心の我が国の高等教育は、このままで果たして経済的に持続可能なのかという論点のもとに4本の論考が収録されていましたが、そのなかでも矢野眞和氏の「持続可能性の条件」という論考が印象的でした。

 矢野氏は、教育経済学者として“教育の経済問題”の研究に取り組んでこられたあゆみを振り返り、経済分析から導き出される政策提言と現実の政策との間の大きなギャップに驚かされたと総括します。

 矢野氏の行ってきた調査によれば、大学進学率は、家計所得によって30%〜70%までの開きがあり、進学機会は家計によって不平等があり、経済的支援策を充実させる事が望ましいと判断すべき現状が伺えるものの、それに関する政府統計は存在せず、証拠に基づいた議論すら容易ではない現状があります。

 また教育への公費支出の効率性についても、(1)大学を卒業すれば、高卒で働くより所得が高くなること;(2)その結果所得が高くなった個々人が収める税金の増加によって政府の収入が増えること、は世界で普遍的にみられる事実であり、例えば我が国の私学助成の投資効果は、個々の家計以上に政府にとって投資効果の大きい(要するに儲かる)ことを30年前から報告してきたものの、そうした経済的な原理には、我が国では殆ど関心がもたれません。

 累進課税の強化と消費税の0.5%を組み合わせれば、我が国の高等教育の漸進的無償化は手に届くところにあり、経済的な分析の知見からその投資効果は十分に見込めるにも関わらず、こうした理性的な政策判断が出来ない背景には、教育費負担と大学に在り方に関する慣習的な意識の問題を矢野氏は指摘します。

 矢野氏が行った教育費政策に関する意識調査でも、大多数の人が教育費は個人や親が負担すべきと回答していますが、学力的に優秀な者だけが授業料負担の低い国公立大学にアクセス出来れば良いという育英主義的な大学感や、誰もが学べる大衆的な大学の存在を否定する考えに、国公立の関係者のみならず、私学関係者の多くの人も囚われているのではないかと、私も強く思います。

 “誰もが”大学で学んで成長し、社会に貢献する可能性を持っているという信念を持って、目の前の学生に対応すること。現場の教職員1人1人の教育に対する信念が、人々の高等教育に対する意識を変え、我が国の高等教育の経済的持続可能性を支える為に、あらめて重要だと思います。
(出光 直樹)

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