2016年10月25日

カルチャーが人を救う

 先日、IT企業の営業マンのTさんが来学し、本学のネット環境などの様々な提案をしてくれました。そのTさんがあまりにも、イキイキと輝いて見えたので、少し意地悪な質問をしてみました。「ところで、今年の御社の新入社員は何人辞めたの。」最近の私は、企業の方と話す時は、この質問をします。この質問のTさんの答えがとても印象的でした。「弊社では、3年間で一人しか退社していません。その一人は勉強をするために辞めました。」という驚きの返答でした。ここで興味がわいたので、なぜ、辞めないのか理由を聞きました。するとすかさず、「弊社には15のカルチャーがあり、そのカルチャーを全社員が遵守しているからだと思います。」というのです。その15のカルチャーは以下の通りです。

 1、組織成長への貢献、2、本質の見極め、3、スピード&クオリティ、4、プラステクノロジー、5、他部署への尊重、感謝、6、期待+α、7、脱・受け身、8、他責の否定、9、法令とモラルの遵守、10、Execution、11、創造のための効率化、12、変化を楽しむ、13、素直・謙虚・率直、14、迅速なリスク対応、15、知的好奇心の探究。

 なんと素晴らしい話だろうと思い、もうひとつ突っ込んだ質問をしました。「若い人たちは自己肯定感がなく、どこかに正解があると思っていて失敗したくない傾向が強い人が多いが、その対応策はどうしているのか。」すぐに却ってきた言葉が、「それに当てはまるのは、5番の他部署への尊重、感謝です。他部署の存在のおかげで、自部署の業務が成り立つ。私たちは得られる情報や経験の差を認識し、理解を深め、協力しあえる組織である。」と応えてくれました。そして、「答えは教えずに、なぜわからないのか、なぜ出来ないのかを一緒に考えるという仕組みが出来ていて、一緒に働きたいと思える仲間を作っています。」とアッサリと応えられました。Tさんは久しぶりに出会った、素敵な営業マンです。このTさんのような人たちが沢山いる会社となら、一緒に仕事がしたいと誰もが思うのではないでしょうか。

 よく聞くと業界では2番目に大きな会社で、社員は500人を超えているといっていました。500人の社員がいて、3年間で一人しか辞めていない会社なのです。思わず出た言葉が、「本業のITの営業もいいけど、人材育成のコンサルをした方がいい。最近の企業は、人材が辞めてしまうことの対策が出来ていないので、必ず売れるはずだ。」というのと、同時に考えたのは、Tさんの会社のカルチャーが大学の中退問題の解決に繋がらないかです。一度、Tさんの会社に伺ってその空気を感じてみたいと思いました。

(秋草 誠)

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2016年10月03日

新テスト・記述式試験の行方<中編>

<前編から>

 8月19日に国立大学協会の「論点整理」が公表された後、8月31日に文部科学省は「高大接続改革の進捗状況について」を公表しました。この中で、現行の大学入試センター試験に替わる新テスト・「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」における記述式試験の導入と実施時期を含む全体の制度設計については、先の国大協の「論点整理」と同様な、以下の3つの案が示されています。
 
【案1】1月に実施し、センターが採点する案

【案2】12月に実施し、センターが採点する案
 @記述式とマークシート式を同一日程で採点する案
 Aマークシート式は従来通り1月に実施し、記述式を別日程で実施する案

【案3】1月に実施、センターがデータを処理し、それを踏まえて各大学が採点する案

 それぞれのメリット・デメリットについての見解も、先の国大協のものとほぼ同じですが、国大協の検討案では避けられてたマークシート式と記述式の別日程での実施案も、案2Aとして列挙されいます。国大協の文書も文科省の文書も、各論併記で特定の案が有力と明記している訳ではありませんが、現行の入試日程の枠組みを前提とすれば、比較的出題・採点の制約の少ない「各大学での採点案」が有力かの様に受け止められ、報道でも強調されているように思います。

 しかしこの各大学での採点案は、おそらく採用されないのではないかと私は思います。1人の受験生の答案を、複数の大学が重複して採点する事の無駄や、入試業務以外でも多忙な各大学教員の負担増への反発もそうですし、2月上旬から合否発表が相次ぐ私立大学の入試日程のから見てみれば、多くの私立大学はこのスキームに乗ることは出来ないでしょう。国公立大学の中ですら、個別採点の負担から記述式試験を利用しない大学・学部が続出することも考えられ、国家的事業としてすすめる高大接続のインフラ造りにふさわしい発想とは思えません。

 新しいインフラを機能させる為には、現行の入試日程の前提そのものを見直して考えるべきであり、新テストを12月に実施することについて積極的に検討すべきと私は思います。受験日程が前倒しになることについての高等学校側の反発が取りざたされますが、すでに推薦入試やAO入試が早期に実施され、一般入試にも活用されつつある英語資格の検定試験なども12月以前に受験をしているのです。そもそも、国公立大学の一般入試受験者の進路決定(合格発表)が、多くの生徒にとって高校の卒業式以降となる3月中旬以降という現行日程こそが不自然であり、高校3年生の2学期に教科に関わる学力試験が実施されることについてタブー視するかの発想は、見直すべきだと思うのです。

<後編へ>
(出光 直樹)

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器は大きく! 入れたら出す!

 自然の摂理は、「入れたら出す」ですね。たとえば、車にガソリンを入れたら、動力となって車を動かすことに変わります。人間も栄養を摂って動き出すように創られています。これが自然なのですが、どうも現実の世界では、何かの知識を入れてしっかりと吐き出すことが出来ない人が大勢います。そのため、吐き出すトレーニングが必要になります。これを大学職員に例えると、学会や勉強会・セミナーなど、様々な場所で入れてきた知識を上手く吐き出せない方が多数いることに気づきました。そんな方々の口々から出てくる話は、大学改革をしたいけど「上が悪くて」、「勉強しなくて」、「理解してくれない」などの言葉がならびます。気持ちはよくわかるのですが、アナタの中にあるその知識をしっかりと伝える努力をしていますか、相手が聞いてくれないのは、アナタにも責任があることを気づいていますか。と問いかけたくなります。

 今回のFMICS例会では、いいたいことをいわせていただき、その中で参加者のみなさんの反応の良かった点を記します。私が常々思っていることは、同じ日本語を話しているのに相手に上手く伝えられないことがあるということです。その原因は、持っている情報の量や質が違うので、同じ言葉を使っても受け取り方が人それぞれ違ってしまうのです。だとしたら、やることは決まりますよね。相手にも自分の持っている情報を共有していただくことで解決策が見えてくるのです。そのために具体的に何をするのか?私は新聞、本、雑誌、セミナーなどの資料から、気になるキーワードの所にラインマーカーを引きます。(なるべく短めに)それを情報共有したいと思う人(理事長や学長など)に持っていきます。そして一言、「お忙しいでしょうから、ラインマーカーの部分だけ読んでください」とお願いします。すると人間は、その周りにある文章も読んでしまうという習性があるらしいです。というわけで、これを繰り返し行うことで、情報共有は出来てきますし方向性も一致するはずです。ここまでできれば、後は会議などで相手を否定せずに発言すればスムーズに事は進むはずです。

 私の辛口の友人Sさんが、最近は「外で元気な大学職員」が増えてきたと思います。といっていましたが、まさに外で元気を出して、うちでも元気を出していただきたいと感じています。大学改革を外で大きな声で話すのではなく、この方法で身近な仲間を作って情報共有する努力をした方が大学改革をスムーズに行えるはずです。SNSやツイッターでつぶやくのではなく、目の前にいる仲間と話をしましょうよ。綺麗な水も同じ場所に溜まっていると澱みますよね。結局は「入れたものを上手に出す」です。

(秋草 誠)

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2016年08月30日

新テスト・記述式試験の行方<前編>

 国立大学協会は、現行の大学入試センター試験の替わりに2021(平成33)年度入試(現中学2年生が受験)での導入が予定されている新テスト・「大学入学希望者学力評価テスト(仮称)」の実施時期や方法等、特に記述式試験の取扱いについての「論点整理」を、8月19日に公表しました。

 報道では“記述式は各大学が採点”という見出しが目立ちましたが、それだけではない以下の様な3つの選択肢が、課題を含む検討材料として提示されているのです。

【1】新テストは現行より前倒しで早期(例えば12月中旬)に実施し、記述式の採点もセンターで統一的に実施する。
●数十万に及ぶ答案の採点ゆえに記述量が短文に限定される可能性が高いものの、記述式が共通試験に導入される意義がある。
▼前倒しに伴う高校教育(課外活動を含む)への影響から、高校関係者の理解を得るには相当な困難が予想される。

【2】現行日程(1月中旬)で新テストを実施し、記述式の採点もセンターで統一的に実施するが、記述式の採点期間は多肢選択式から切り離して延長し、2次試験前期日程の直前(2月下旬)まで延長する。
●数十万に及ぶ答案の採点ゆえに記述量が短文に限定される可能性が高いものの、記述式が共通試験に導入される意義がある。
▼記述式の採点結果が、第1段階選抜には利用出来なくなる。

【3】現行日程(1月中旬)に新テストを実施するが、記述式の採点は出願を受けた個別の大学(学部)が行う。
●採点の為の時間的余裕が大きいため、回答文字数を含めて出題の多様性の幅が拡大する。また各大学が独自の採点基準を採用して主体性を発揮できる。
▼各大学の負担が大きくなり、また大学(学部)による対応が分かれる可能性がある

 以上のように、“記述式は各大学が採点”だけが示されているわけでは無く、いくつかの条件の組み合わせによる選択肢について、実施にあたって想定される課題をふまえて慎重に検討しようというスタンスです。

 なお本年3月に出された「高大接続システム改革会議」の最終報告やその前後の報道では、記述式試験の実施時期について、多肢選択式試験とは別日程で実施する案も取りざたされていましたが、今回の国大協の「論点整理」においては、“受験生にも実施を担当する大学にも過大な負担となり極めて困難と考えられる”ということで、別日程での実施の考え方は避けられていました。

<中編へ>
(出光 直樹)

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奨学金破産問題

 平成28年6月2日のNHKのクローズアップ現代で、「“奨学金破産”の悲劇」というタイトルの番組がありました。内容は29歳の保育士の美香さん(仮名)が600万円の奨学金を返済できず、自己破産の手続きに入ろうとしているという話でした。美香さんは、母子家庭のため奨学金を借りて大学に入学し、保育士の資格を取って、月14万円の手取りの中から、52,000円を奨学金の返済をしていたが、払いたくても払えない状況に陥ったという。

 平成28年6月12日の朝日新聞では、関西の女性が、大学時代に奨学金を月16万円借り、その後に専門学校に入学して10万円を借り、返済額は1千万超という状況で卒業後に結婚した。そのパートナーも500万円の奨学金返還を抱えていて、最終的には離婚し自己破産に至り、連帯保証の母親に請求が来ているという記事が載っていました。

 以前から聞いていた話だが、本学にも美香さんと同じような母子家庭の学生が、沢山いるので身につまされる思いでした。先日、うちの幼児教育学科第二部(夜間3年制)の3年生Aさんと話しました。Aさんは、東北地方から、保育士の資格を取得するために本学を選んでくれて近隣に住んでいます。親からの仕送りは一切なく、奨学金とアルバイト代で家賃、生活、学費を自分で支払っています。このAさんの奨学金は毎月10万円だそうです。3年間で奨学金の借入額は360万円になります。

 当たり前の話ですが卒業後、21歳の女性が360万円の借金を返済するということです。本学の近隣の保育士の手取りは、16〜17万円ですが、美香さんのようにならないかという心配が頭をよぎります。こんな時にいつも思うのですが、資格を取得するために本学に入学してくれた学生たちに対して、期待以上の何かを与えられたのかと自問自答しています。それは、私たち大学に携わる人間は、目の前の学生たちの現状をもっとよく見ないといけないのではないか。資格を取得し、内定して卒業できたからいいのか。本当に満足なカタチで学生たちを社会に送りだしたのだろうか。という思いです。

 国は平成29年春に、まずは無利子貸与型(第一種)の奨学金を対象に、新しい所得連動型変換方式を選択できるようにする見込みです。これでもまだまだ、現状を理解できていないと思います。第一種の奨学金の返済より、第二種(有利子)の返済のことを先に考えるべきではないかと思うのは私だけではないはずです。

 私たちは学生たちの支払う学費等で給与を得ています。それも多くの大学の教職員は、学生が卒業後に得られないような年収を得ているはずです。国が悪い、制度が悪い、最近の学生はだめだ、とかいって人のせいにして、何も変えようとしなかった私たちが学生の前に立っているということを考えると責任の重さを感じます。本当にこのままでいいのでしょうか。

(秋草 誠)

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2016年07月15日

高等教育の経済的持続可能性を支える信念

 私立大学連盟が発行する『大学時報』の2016年5月号の特集テーマは“高等教育は持続可能なのか”。OECD諸国の中で高等教育に対する公費支出が低く、奨学金も貸与型中心の我が国の高等教育は、このままで果たして経済的に持続可能なのかという論点のもとに4本の論考が収録されていましたが、そのなかでも矢野眞和氏の「持続可能性の条件」という論考が印象的でした。

 矢野氏は、教育経済学者として“教育の経済問題”の研究に取り組んでこられたあゆみを振り返り、経済分析から導き出される政策提言と現実の政策との間の大きなギャップに驚かされたと総括します。

 矢野氏の行ってきた調査によれば、大学進学率は、家計所得によって30%〜70%までの開きがあり、進学機会は家計によって不平等があり、経済的支援策を充実させる事が望ましいと判断すべき現状が伺えるものの、それに関する政府統計は存在せず、証拠に基づいた議論すら容易ではない現状があります。

 また教育への公費支出の効率性についても、(1)大学を卒業すれば、高卒で働くより所得が高くなること;(2)その結果所得が高くなった個々人が収める税金の増加によって政府の収入が増えること、は世界で普遍的にみられる事実であり、例えば我が国の私学助成の投資効果は、個々の家計以上に政府にとって投資効果の大きい(要するに儲かる)ことを30年前から報告してきたものの、そうした経済的な原理には、我が国では殆ど関心がもたれません。

 累進課税の強化と消費税の0.5%を組み合わせれば、我が国の高等教育の漸進的無償化は手に届くところにあり、経済的な分析の知見からその投資効果は十分に見込めるにも関わらず、こうした理性的な政策判断が出来ない背景には、教育費負担と大学に在り方に関する慣習的な意識の問題を矢野氏は指摘します。

 矢野氏が行った教育費政策に関する意識調査でも、大多数の人が教育費は個人や親が負担すべきと回答していますが、学力的に優秀な者だけが授業料負担の低い国公立大学にアクセス出来れば良いという育英主義的な大学感や、誰もが学べる大衆的な大学の存在を否定する考えに、国公立の関係者のみならず、私学関係者の多くの人も囚われているのではないかと、私も強く思います。

 “誰もが”大学で学んで成長し、社会に貢献する可能性を持っているという信念を持って、目の前の学生に対応すること。現場の教職員1人1人の教育に対する信念が、人々の高等教育に対する意識を変え、我が国の高等教育の経済的持続可能性を支える為に、あらめて重要だと思います。
(出光 直樹)

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大学シャッター通り

「文部科学省の大学設置・学校法人審議会は28日、2017年度に私立大44校が入学定員を計7,354人増やすことを認める答申を出した。増加人数は前年度の2倍。うち、収容定員が8千人以上の大規模大11校の定員増は3,866人で、前年度の3倍にのぼる。定員増の人数が多いのは近畿大が920人、東洋大が569人、立命館大が472人、立教大が454人などとなっている。」(朝日新聞デジタル

 人気のある大学が定員増をするニュースを聞くたびに、頭の中で違和感が拡がっていきます。地方の小さな大学の入学定員をはるかに上回る定員増をしても誰も文句も言わず、従うしかないのが現状です。人気がある大学は、定員増をしても目に見える変化は訪れないと思い込んでいるフシが見えます。本音は大学全体や学生のことなどはお構いなし、自大学が生き残るための定員増推進です。隠されている事実は、入学者数はほぼ変わりませんが、規制が厳しくなり補助金に影響するため、集められる学生がいるうちに定員増して安定的な収入増に結び付けたいというのが本音でしょう。

 この姿は、まるで以前の大手スーパーDが勢いを増して、ドンドン地方に進出して商店街の意向など無視し、シャッター通りを作ってしまったのに似ている気がしてなりません。結果はご存じのとおり、その地域を衰退させ多くの住民の生きる力をそぎ落としてしまいました。現在はEが同じように、ドンドン増幅中です。この流れも永遠に続けられるものではないだろうと予測しています。

 ふと感じたのは、今まで大学は何を考えて進んできたのだろう?学生を育成する機関として、存在していたのだろうか?国民の大切な税金を使い、しっかりと研究成果を出せたのだろうか?もしかして大学は教職員の給与のために存在するではないか?この定員増は、キャッシュディスペンサーを増幅しているだけのように見えるのは私だけなのか?最近、頭の中が混沌とし始めました。

 そろそろ我々、大学人は他業種の過去の事例などから、学ぶことを受け入れなければならない時期が来ているのではないでしょうか。ただ自分たちの組織を守る正義のために、推進する行為が愚かな行為だと気づくべきではないでしょうか。

 そうはいっても、各大学の教職員まで落とし込んで考えてみると、その家族を養わなければならない事情が目の前にあります。生き残りを賭けた戦いに突入したと暗黙ですが理解しています。まさに一丸となって、なりふり構わず定員増を推進するしか道はないのです。

 この行き着く先に残るものは、大学シャッター通りかもしれないが、そうならない努力をFMICSの皆さんと共に頑張りたい思いです。

(秋草 誠)

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2016年06月07日

生き残りセントでヒント!

 最近、土曜夜中の番組『昼のセント酒』にはまっています。主人公は広告会社に勤めていて大の銭湯好き、営業先でフラッと目についた銭湯に浸かってしまい、その後に一杯やってしまうというパターン化されたストーリーが面白くて見ています。そこには地元の人たちに愛されている、個性溢れる銭湯が紹介されます。私も子供の頃は、よく通った銭湯ですが、最近はスーパー銭湯に行くので存在を忘れかけていました。先日、テレビに触発されて久しぶりに以前から気になっていた銭湯に自転車で行きました。想像通りの地元密着型で番台があり、子供の頃から通っていると思われる年配の方がいたり、中には刺青が入っている人もいたりしました。その銭湯の周りには、飲み屋さんが数件あり、人が集まるパワーを感じました。車で行くスーパー銭湯では、ありえない光景でした。テレビのお蔭でなかなか風情のある銭湯を見つけることができました。

 そういえば、子供の頃には沢山あった銭湯が今では探すのが難しくなったな、と思い調べてみると思っていた通りでした。私が思っていた銭湯は公衆浴場という名称で、この中に「一般公衆浴場、個室付浴場、ヘルスセンター、サウナ風呂、スポーツ施設、その他」と分類されていました。私が銭湯と称していたのは一般公衆浴場でした。興味があったのでその内訳の推移を見てみました。古いデータから話しても面白くないので平成10年から説明します。平成10年に公衆浴場は26,744あり、一般公衆浴場は8,790、個室付浴場は1,328、ヘルスセンターは1,911、サウナ風呂2,671、スポーツ施設0、その他12,044でした。その後、平成24年には、公衆浴場は27,074あり、一般公衆浴場は4,804、個室付浴場は1,370、ヘルスセンターは2,337、サウナ風呂1,820、スポーツ施設3,271、その他13,472と変化していました。全体数は微増ながら一般公衆浴場は半減していました。この数字を見て短大のようだと感じました。ちなみに短大の同時期の推移は、平成10年に588校ありましたが、平成24年には372校、平成27年には346校になっています。スーパー銭湯などに押されて存在感薄れた銭湯は、まるで四大と専門学校に押しやられた短大のような気がしてなりません。しかし、地域密着型で地元の人に愛されて、個性ある一般浴場が残っているということは、これからもこの銭湯が生き残れるであろうと予想できます。

 この銭湯生き残り策を短大生き残り策に変えても面白いと感じました。まず、番台からお客さんに声掛けは当たり前、来ているお客さんの家庭状況や近隣の商店などの情報も集まります。どこのお店が美味しくて安いのかは、番台やお客さんから聞くことができる人情味ある人間関係が魅力的です。このようなコミュニケーションと地元を愛する空間に人は集まるのではないかと改めて思いました。これは短大生き残りのヒントですね。
(秋草 誠)

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苦しいときの遊び心

 気象庁から九州地方〜東海地方は4日、関東甲信越地方は5日に梅雨入りの発表があった。梅雨本番を迎え学生さんもしんどい時期、付属図書館でもアルバイト学生さんの体調不良が出始め、欠勤が増える時期でもある。お休みした学生さんの代わりにカウンター業務に入る機会が多くなるので、シフトが一緒になる学生さんと接する機会も多くなる。

 先週一緒になった学生さんが持参した記事は「地方出身学生に配慮を」と「卒業成積1年終了時と関連」(毎日新聞6月3日(金)総合・社会面)であった。

 「地方出身学生に配慮を」は、中央大学が18歳選挙権実現に伴い、学生が不在者投票制度を利用しやすいよう、総務省と東京都選挙管理委員会に不在者投票記載場所の増設を求める要望書を送付。中大は地方出身の下宿生が多く、地元で成人式に出席したいという理由で住民票を移していない学生も少なくないとのこと。学事課は「選挙制度に関する情報を学生に伝えるのが大学の使命。他の大学とも連携して、実際に投票しやすい環境をつくる取り組みも進めたい」と話す。私は学生さんから本学の対応について聞かれると思いどぎまぎしたが、学生さんの第一声は「中大が首都圏以外の学生が約4割を占める」のは信じられないとのこと。この学生さんは地方出身者、東京の大学は東京の人が多いと思い込んでいるため、私が中大の職員に事実確認をするという宿題を課されてしまった。FMICSの大先輩方にお力添えをいただき宿題を仕上げたいと思う。

 「卒業成積1年終了時と関連」は、大学卒業時の成績は1年終了時の成績とほぼ一致し、入学試験の結果とは相関関係がみられないことが、東京理科大学が同大の学生を対象に実施した調査で明らかになったとのこと。担当した山本誠副学長は「特に1年の6月第1週の出欠状況が、その後の学生生活を左右する」と話している。前述の学生さん曰く「自分の学生生活は終わった」。

 ここは語呂合わせが得意な楽天の梨田昌孝監督にあやかりたいところ、9連敗のさなか報道陣に囲まれて「(新外国人の)アマダーは胸板が厚い。相手の脅威(胸囲)になってほしいね」「(西武の)高橋光成(こうな)は球は速いが全部コーナーに決まるわけではない」ベンチが明るくなり、連敗を忘れさせたとのこと。指導者としての師の一人、仰木彬さんに学んだことの一つが遊び心。「野球は勝たなくてはいけないが、プロはそれだけではいけない」と感じ、リップサービスもそうした遊び心から出ている。監督のしゃれっ気を活かして、苦しい時期の学生さんへ今日も声をかけていきたい。
(宮本 輝)

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2016年04月26日

評価を通じての能力開発

 前回、高大接続を底支えするインフラとして、「高等学校基礎学力テスト(仮称)」への期待を書きました。高校教育の質の担保や学力把握の仕組みを、大学の入学試験に依存しない形で作り上げていくことが重要であると思うからです。

 この点について諸外国の高大接続を比較して見ると、ヨーロッパ諸国やその影響をうけた旧植民地諸国では、フランスのバカロレア、ドイツのアビトゥアなど、国や州レベルでの中等教育修了資格(試験)が制度化され、それがすなわち大学入学資格や選抜の指標として用いられます。近年注目される国際バカロレアも、国際バカロレアが定める教育課程(DP課程)の修了資格として制度化され、国際的に同等の機能を果たしているのです。

 一方アメリカ合衆国では、ヨーロッパ諸国のような統一的な中等教育修了資格は制度化されず、また日本・中国・韓国のような筆記試験型大学入試とも違う、独特の高大接続インフラがつくられました。SATやACTといった標準テストはその代表的なものです。志願者は大学への出願に先立って、年に複数回実施されるそれらのテストを適宜受験し、そのスコアがアドミッションオフィスによる審査の材料となるのです。

 またテストとは違う形で、志願者の学力・資質を統一的に判断できる材料として活用されているものにアドバンスト・プレイスメント(Advanced Placement=AP)という制度があります。(深堀聰子「米国における高大接続の取組─ アドバンスト・プレイスメントによる共通理解形成 ─」『IDE現代の高等教育』2016年4月号に詳しく紹介されています。)

 このAPは、大学一般教育レベルの授業科目を高校生が在籍する高校で履修するプログラムで、その授業は当該高校の教員がカレッジボード(SATの実施団体でもある)の認定を受けたシラバスに基づいて行います。この科目を履修した生徒は、高校の単位として認められるとともに、高い成績を得た場合には大学における既修単位としても認められます。また当然に入学審査の段階においても、志願者がAP科目をどのような成績で履修しているかどうかが、有力な判断材料の一つとして重視されるのです。

 なおAPの成績評価は、毎年5月に一斉実施される試験によってなされ、それは多肢選択式問題と記述式問題から構成されていますが、記述式問題の採点は、6月に所定の資格を有する高校教員と大学教員が一堂に会して実施されます。

 このように高校教員が大学教員と協働して記述試験の採点に参加する事は、それ自体が高校教員の能力開発の貴重な機会となっていると思われますが、我が国においてもこのような仕掛けを積極的に取り入れていくべきと思います。
 
(出光 直樹)

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